第48話 ツン族

「敵が動くぞ」


 ツン族の多くの兵は馬を木につないで城に向かってくる。城への攻撃がはじまった。弓による応酬。矢が飛び交う中を梯子を担いだ一団が駆けてきて、城壁にまとわりつく。梯子が立て掛けられる。梯子の一団は次々やってきて梯子をかける。


 攻城側は城壁に長梯子を立てかける。梯子の根元を数人で支えている。煮立った熱湯で満たされた釜が運ばれてくる。男たちが釜をひっくり返し、熱湯を、梯子を上る男にかける。もろに熱湯をかぶった男は叫び声をあげながら落下して絶命した。その梯子の根元を押さえていた男たちは釜を見て四散したので熱湯を浴びずに済んだ。しかし梯子の押さえがなくなったため、守備側の兵によってすかさず梯子は倒された。


 城壁で守備につくサキの近くにかけられた梯子にも敵兵が登ってくる。サキがクロスボウで梯子を登ってくる敵を撃つ。ボルトは敵の額を貫き、その体は力を失い梯子を離れ落下する。ヴァンが弓で梯子を支えているものを射る。梯子は下で数人の男が支えていたが、ジェンゴの怪力で押し戻され、数人の登りかけた男を乗せたまま梯子が倒れる。


 ヴァンが弓で次々と敵兵を射る。しかし敵は数が多い。多すぎる。倒しても、倒しても新手があらわれる。城壁の狭間から顔を出すと、矢が次々と飛んでくる。休む間もなく戦い続ければ体力が尽きる。そうでなくても早晩矢が尽きる。矢に射られて死んだ味方の弓兵の矢筒を取って使う。さらには味方に刺さった矢まで抜いて使う。


 隣の梯子の敵が城壁を登り終えかけている。ヴァンが駆けていき剣で交戦し、斬り落とす。反対の梯子の敵も城壁へ出てきた。ジェンゴが大剣で対応し、斬り倒す。倒しても倒しても新手があらわれ、敵の数は無尽蔵に思われた。


***


 城壁を守る味方は半数が死んだ。矢も尽き、疲労も限界に近づいてきた。サキに向けて振り下ろされた剣は、すんでのところでジェンゴが掴んでいた。ジェンゴは

敵の剣を掴むとほぼ同時に敵を突き刺していた。刃を握ったジェンゴの手から血が滴り落ちている。


「ジェンゴ!」


「すまない。後ろへ下がろう」


「援軍はどうなっている?」


「敵の主力が近づいている。もうすぐ射程圏内だ。」


 サキは回りを見渡す。城を守る兵はもはやまばらだ。ついに城壁のあちこちに自由に登ってくるようになった。


「ここはもう駄目だ。放棄しよう。王女の部屋の前に下がって王女を守るぞ!」


 サキはジェンゴに肩を貸し、城壁をはなれた。


 一の城が落とされた。守備兵たちは二の城へ退却しようとする。一の城と二の城をつなぐ空中跳ね橋が上げられはじめる。「来い!飛べ、サキ!」ヴァンが二の城の連絡口に立っている。サキは飛び、途中まで上がっている跳ね橋の淵にしがみつき、ぶら下がる格好になる。下は谷底だ。必死に這い上がる。石弓の矢が数本、背後から飛んでくる。幸いどれも外れたが、一本はサキの頬をかすめサキの顔の横に突き立った。このままぶら下がっていてはすぐに射殺される。傾きを増していく橋をよじ登り橋の淵を超えて、すでに急角度に傾いた跳ね橋を頭から滑り落ちた。直後、閉じかけた跳ね橋に何本も矢が刺さる音がする。ユリヌスの軍は、谷を挟み、にらみ合うことになった。


 ユリヌス軍は渡し板やはしごを持ってくる。城壁と城壁の間を渡し、急ごしらえの橋にする。怖い者しらずのツン族の男たちが盾を構えて板の上を渡りはじめる。守備兵が槍で板の上の男を押し、谷底へ突き落す。しかし次の瞬間には矢が次々と飛んできて、その守備兵は針の筵になって死んだ。敵は倒しても、倒しても次々と新手を繰り出してくる。守備側も矢の餌食となり、数を減らしていく。尽きかけてきた。


 敵に占領され、跳ね橋が下されはじめる。跳ね橋が下りたら敵がなだれ込んでくるだろう。サキは二の城の中庭へ出て、王女のいる主塔へ退却した。一の城に残った兵は百人足らずで、それも次々と殺されていった。やがて城壁も敵の手に落ちた。城壁から縄はしごが下され、そこからも直接二の城に敵が侵入しはじめた。


 主塔に残ったのは五十人足らずで、それも非戦闘員ばかりだ。半分は貴族の家族とその召使い、負傷兵を手当てする医者とその助手。半分は兵士だが、そのまた半分は重症で主塔に運び込まれてきた負傷兵であり、戦えない。戦える十数名も、体のどこかを負傷しており、無傷の者は誰もいない。非戦闘員たちは主塔の広間に肩を寄せ合っていた。ティアナは戦がはじまってから彼女らを励まし続けたが、その言葉にも力がなくなってきた。


 主塔の門はもちろん固く閉ざしている。しかし、城門と違ってそれほど頑丈なつくりではない。


「破城槌を持ってこい!」


 木の橋を削って尖らせた粗雑なつくりの破城槌が、運び込まれてくる。男十人ほどが担いでくる。それは跳ね橋を渡され、主塔の前まで運びこまれてきた。ツン族の男たちが掛け声を発しながら槌で門を叩きはじめた。


「貫け! 犯せ!」


 これは彼らにとって祝いだった。ツン族にとって破壊は彼らの神への最高の捧げものである。ツン族の若者が結婚をすると、家を柵で囲って防御を固める。なぜなら新婚の夫婦の家を男たちが襲撃して祝う風習があるからだ。花婿が男たちの襲撃から花嫁を守れなかった場合、花嫁は一晩にわたって男たちに散々に犯される。家の中は散々に略奪され、破壊され尽くす。そして花婿はどの男の子か分からない子供を育てることになる。「貫け!犯せ!」というのはこの襲撃の風習で、男たちが家の周囲の柵を打ち壊すときのかけ声だった。


「貫け! 犯せ!」


 槌が門を叩くたび、轟音が主塔内に響き渡る。女たちは泣きはじめた。祈りはじめるものもいる。主塔の隙間から、守備兵の切断された腕や首が投げ込まれる。敵軍の嘲るようなふざけた笑い声が響く。女たちに聞こえないように離れ、ティアナがエイモスに聞く。


「門が破られたら女たちはどうなるのです?」


「辱められるでしょう」


「では、慈悲の剣で女たちを楽に殺して」


「仰せのままに。ですが、連中は死んでいようが関係ありません。死体であっても辱めようとするでしょう。それが連中のやり方です。彼らにとって奪った女を犯すのは、権利であり義務でもあるのです。奪った女が老婆であろうが、死体であろうが関係ないのです。ここに連中がなだれ込んで来たら、もう救いはありません」


 ティアナは言葉を失った。


 これは彼らにとっての祭りだった。そして祭典はクライマックスを迎えていた。


「貫け!犯せ!」


 槌が門を叩く。家財を門の後ろに置き、体躯のよい兵士が後ろから抑えているが、槌の威力には到底かなわない。門は徐々に歪み、すでに閂の下に小さな穴ができている。ふいに敵の大声とともに槌が止み、外では何やら相談がはじまったようだ。すると穴から手が入ってきて、小型の鋸のような道具で閂を削りはじめた。サキが短剣を抜いてその手を刺す。男の叫び声とともに手が道具を取り落として引っ込む。外では笑い声が起こっている。連中は祭りを楽しんでいるのだ。


 しばらくすると、掛け声が響き、槌による門叩きが再開された。


「貫け!犯せ!」


 城内に立てこもった者達にはなすすべもなく、祈るしかない。門が大きく軋み、割れはじめた。敵の煽り声はさらに大きくなる。そしてついにその時が来た。大きな破裂音とともに破城槌が城門を破って城の内側に頭を突き出した。

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