第47話 謁見

 デュランの王宮は湖の中の浮島に建てられた宮殿だ。湖の周りに都市が形成されている。門を通り、長い橋を渡って王宮に入る。王宮の庭園には花が生育されていた。レナードとともに、庭園と湖が見渡せる待合室に案内された。湖を背景に咲く美しい花々はたしかに見事だ。王の自慢の庭園を客に見せつける趣向だろう。しかし今はのんきに花を見ている気分ではない。案内役が頼みもしないのに説明をはじめる。


「湖の奥の丘に建っているのが巨人の要塞です。あそこから眺める湖の景色は、それは、それは絶景なのでございます。巨人の要塞は昔、王宮として使われていました。今は主に練兵場として使われています」


「ご解説感謝いたします。ですが今は一刻もはやくクルセウス王に拝謁したいのです」


 大陸の西側では三国が勢力均衡を保とうとしている。一国が伸長すると残り二国が協調して対抗し、勢力の均衡に戻そうとするはずだ。今回の件でドーラがアルヴィオンを属国化して勢力を大幅に増してしまうことは、デュランにとっても望まないはずだ。だからレナードにはデュランの介入は引き出せるはずだという計算があった。


 レナードとシオンがデュランの王城へ着いたのは夜中だった。クルセウス王は就寝中であり、謁見は翌朝まで待たなければならなかった。空が白みはじめたころ、小間使いがクルセウス王の起床を知らせに来た。直ちに謁見を希望したが、謁見は昼食後だと言い渡された。レナードはいら立ちを隠し切れず強い口調で懇願する。


「急いでいるのです。なんとかなりませんか。こうしている間にも城が攻撃されているかもしれない」


 小間使いは首を横に振る。


「陛下はご高齢につき健康が第一優先です。侍医からも規則正しい食生活を厳命されております」


 出てきた朝食は豪勢だった。手をつけないでいると、レナードが食事を口に運びながら注意してくる。


「出されたものに手をつけないのは失礼にあたるぞ」


 そのレナードもしきりに足を揺すり、珍しくいら立ちを隠しきれていない。ようやく謁見の間に通されたのは、すっかり日が昇ったころだった。


「城を子供に攻められているとか」


「はっ」


「我が兵を貸し出すのがその方らの望みか」


「はっ」


「して、その見返りは?」


「陛下にこの男を差し出します」


 クラレンスが引っ張られてくる。


「しかし、陛下を裏切って王太子派になびきました。いた男です」


「たしかにこの男には灸をすえてやりたいと思っていた。だが小物だ。貸せる兵は二千程度だな」


(やはり渋ったか。老いた怪物め)


***


 レナードの城は王太子の軍に包囲されていた。二万の兵が丘の周囲をぐるりと取り囲んでいる。ユリヌスの陣では敵を嘲笑する。


「女の乳房のような城だな」ツン族が下品に笑う。


 ハンスが馬に跨がってやってくる。良い馬だが乗り手がこの坊っちゃんでは宝の持ち腐れだ。


「こちらが圧倒的に多数でしょう。なぜ攻めないのです?」


「まあ、待て。城を攻めている最中にケツから攻め立てられるのは嫌だろう?

戦術は大人に任せて後方で座っていろ」


***


 城壁のエイモスのところへティアナがやってくる。


「ティアナ様。奥へ隠れていてください。いつ矢が飛んでくるかもしれません」


「はじまる気配はないわ。なぜ攻めてこないのかしら」


「援軍に背後を突かれることを警戒しているのでしょう。意外に慎重な男です」


「援軍はまだかしら?」


「そろそろのはずです。……交渉がうまくいっていれば」


***


 山の上に援軍があらわれる。エイモスの気難しい顔が少し明るくなり、ティアナと目があう。たしかに援軍だ。


(ああ、シオン様)


 必ず貴女をお守りします。そう誓ったとおり、来てくれたのだ。


 サキが援軍の規模を観測する。


「数は二千程度だ」


「馬鹿な。そんな少ないわけがない」


「規模をさとられないように巧みに森に紛れている。敵の陣からではばれないが、ここからならわかる」


「嘘だろ?これっぽっちの援軍じゃなんにもならないじゃないか!一万や二万の援軍が来るんじゃなかったのかよ!」


 ユリヌスの陣から援軍の規模は判然としない。しかし、五千に満たないことは明らかだった。ユリヌスは凶暴さに不似合いな緻密さをみせた。斥候を放って援軍の数を調べさせた。斥候の報告によると、援軍の規模は二千~三千であることが確実になってきた。


(何を考えている? そんな少ない兵でのこのこ現れて一体どうしようというのだ?戦にもならない。巨像が蟻を踏み潰すごとく蹂躙されるだけだ。それともまだ見つけていない伏兵があるのか?)


 しかし四方八方へ放った斥候の報告は、伏兵の存在を明確に否定した。苛烈さに似合わぬ緻密さで頭をめぐらせる。


(あの小蠅は城を攻める前に蹴散らしたくなるが、陽動か?後詰めの援軍がやってくるのかもしれん。奴らの誘いに乗ってやる必要もないか)


 ハンスがふたたびやってくる。


「敵の援軍は数千の小規模というではないか。なぜすぐ攻めぬ?」


「戦術は大人に任せておけと言っているだろう」


「山地の森に布陣しやがった。俺たち騎馬民族の特長を殺す地形だ」


「俺は八千で城を攻めて一気に落とす。お前は時刻の兵一万二千とともにここであの軍を見張れ。尻を掘られるのはご免だからな」

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