第44話 王妃

 謁見の間でミゲルが玉座のハンスを前にひざまずいている。


「申し訳ありません。警備に手抜かりがありました。殿下、どうか私を罰してください」


 王太子の傍らに立っていたマチスが腰をかがめて王太子に耳打ちする。


「殿下、彼には罰を与えねば、他の者に示しがつきません。しかし、彼は長年王宮に仕えてきた功労者であり、人望のある人物です。あまり重い罰を科すと、家臣たちの反感を買います。副団長の任を解き、投獄するのが妥当かと」


 それを聞いて王太子が口を開きかけた


「では、そなたを副団長の任から解き――」


 ハンスが言い終わらぬうちにユリヌスがつかつかと歩いて副長に近づき、突然剣を抜いて副長の首をはねた。首が転がってハンスと目が合う。ハンスは唖然として副長の首とユリヌスの顔を見比べている。マチスが驚愕していたが、激怒して怒鳴る。


「なんとういことを!」


 ハンスは青くなって言葉を失っている。ユリヌスは平然として言った。


「あんたらの代わりに面倒なことを片付けてやっただけだ。牢獄だって手狭になってきている。場所の節約だ」


 ユリヌスはミゲルの首を剣で串刺しにして掲げ、続ける。


「こいつは役立たずなだけではなく、わざと王女を逃がしたんじゃないか?」


「どこにそんな証拠が」


「勘さ」


「勘だと?そんなもので」


「あんたらは甘い。そんなんじゃ出し抜かれて殺されるぞ」


 エリクは愕然としてみていた。


「王女がどこに向かったかはわかっている」


 ユリヌスが笑う。


「奴らが向かった方向で、我々に服従していない領主は?」


マチスはハンスと顔を見合わせてつぶやいた。


「レナード殿……」


***


 アデレードが王都へやって来た。門番は、驚くべき客人にしばし愕然としながらも、門を開いた。


 アデレードは王宮の謁見の間でハンスに面会する。


義母上ははうえ


 ハンスの隣に座るセフィーゼが口を挟む。


「今日は多くの執務があり、殿下はお疲れです」


「平気だ」


「殿下。しかし」


 王太子の思わぬ反発に、セフィーゼは少し気圧される。


「いいから外してくれ。義母上ははうえと二人きりで話がしたい」


 王太子妃はしぶしぶ退室する。


「姉と仲直りしたいのでしょう。父との仲も取り持つわ」


「でもあの男が」


「私が解決するわ。王太子妃にも類が及ばないように取り計らうわ」


「私があなたを私が暗殺しようとしたなんて話、本気で信じてはいないでしょう?」


***


 寝室でユリヌスが自分が受けてきた屈辱を思い出していた。ドーラの激しい内線のなか戦い続けた半生だった。女を知るよりも早く剣を持ち、戦場に駆り出された。父に命じられるまま軍を率い、最も激しい戦地を渡り歩いてきた。ときに力でねじふせ、ときに知恵をめぐらせ相手の裏をかく。抵抗する者には残虐にふるまい、恐怖を植え付ける。敵はそうやって潰していくしかない。


 兄弟のなかで父の性質を最も受け継いだのは自分だと自負していた。だが、やがて父やその取り巻きの口から彼の残虐さを諌めるような言辞が出てくるようになった。他部族を吸収し、父の勢力が広がるほどその傾向は強くなった。もっとも危険な戦地へ送られるのは自分が父に一番信用されているからだと思っていたが、彼を戦死させ、次男を後継者にするためだという噂を聞いた。どんな危険な戦場でも生き残ったのだが。


 父の重臣のなかには次男こそ後継者にふさわしいと表立って主張する者もあらわれた。弟は母に似て、お上品だった。武具も実用性の高いものより華美なものを好んだ。戦場でも多くの手柄を立てたとされるが、彼に言わせれば戦場の最も困難で危険な部分は常に自分が受け持ってきたのであって、弟の戦果は入念なお膳立ての上に与えられたものに過ぎなかった。この国を服従させることができたら、お前の王位継承に異論をとなえる者はなくなるだろう。父はそう言った。


 欲しいものは力ずくで手に入れる。俺のやり方で証明してみせる。父の後を継ぐのにふさわしいのは俺だと。


 王妃はユリヌスの寝室にやってくる。胸元のはだけたドレス。艶やかな表情。ユリヌスは王妃の全身を品定めした。彼は細身の高貴な女を乱暴に抱くのが好きだった。この女は悪くない。しかし腹をみると明らかに孕んでいる。一瞬興ざめしかけたが、掻き出して自分の子を仕込んだらどうなるだろう?と思い直した。王妃を寝取った上、ライオネル王の子を掻き出してやったら、どんな気分になるだろう?


 この趣向を思い付き、ユリヌスは気分をよくして王妃を部屋に招き入れた。寝台になだれ込み、王妃がユリヌスの上着を脱がして愛撫をはじめた。その技術はユリヌスの想像以上だった。さすが色仕掛けで王に取り入った女だけはある。寝室の技術が優れているのは想像していたが、これは想像をはるかに越えていた。


 ユリヌスは満足そうに目を閉じた。王妃はその隙を逃さず、隠していた短剣を取り出した。そしてそれでユリヌスの喉元を切り裂こうとしたとき、短剣を握った手を恐ろしい力で掴まれた。


「残念だったな」


 ユリヌスが勝ち誇った顔を王妃に向ける。


「相手が悪かったな。女に寝首をかかれそうになったことは、一度や二度じゃない」


 ユリヌスは短剣を奪い、王妃の頬を張った。


「かかれそうになったのは、首だけじゃない」


 ユリヌスはおのれの下着を脱いでさらけ出した。そこには、かつてそれが千切れかかったであろうと思われる切り傷があった。


「楽しい道具も持ち込んでくれたことだし、これも使って楽しませてもらうぜ」


 ユリヌスは短剣を舐めて笑った。


「あんたは経験豊富そうだが、今夜はあんたも経験したことがない遊びが満載の夜になりそうだな」

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