第43話 母

 ティアナの一行はレナードの城に近づいていた。丘の上に築かれた小城が見えてくる。


 レナードの城は自然の地形を利用して建てられた城だ。二つの崖にそれぞれ一の城、二の城が建てられている。レナードがサルアン王からこの城を与えられたとき、二つの丘をそれぞれ木で囲い、吊り橋が二つの丘が渡され、二の城のほうに居館が設けられただけの簡素な砦だった。木の囲いを石の城壁にして、居館を近代的な主塔に立て直した。


 一の城の門には落とし戸などの様々な防衛用の塔をあちこちに備えさせた。ウェンリィ王子がこの城に避難したのはその頃だ。レナードはその後も増築を続けた。城壁の高さを三倍にして、丘の高さと合わせると人の体長十人分ほどの高さを確保した。さらに居館を増築した主塔も含めた塔もそれに合わせて高くした。丘と丘は跳ね橋で連絡するようにした。


 シオンがティアナに近づいてきて話しかける。


「あれがこれからしばらく滞在していただくことになる城です。王宮と比べるとささやかな城ですが」


「レナード様は築城の名人だとか。軍事のことはよく存じませんが、あの城も堅城なのですか?」


「レナード様が様々な工夫を凝らして増築を繰り返してこられました。規模は大きくありませんが、国内でも指折りの堅城です」


 切り立った丘の上に築かれており、城壁は丘の淵の崖のようになったところの上に設けられている。


「シオン様はレナード様とどういったお知り合いなの?」


「私は元々レナード様にお仕えしておりました。レナード様の紹介でヴィトー様にお仕えするようになったのです」


「レナード様には、読み書き、剣術、馬術、歴史、戦術まで教えていただきました。育ての親のような方です」


「なぜレナード様はシオン様にそれほど親切になさったのかしら?」


「レナード様は亡くなった私の父に恩義を感じておられるのです」


「お父様?シオン様のお父様はどんな方なの?」


「私の父は……父のことはよく知らないのです。幼いころに亡くしましたから。王女様の御父上は……陛下は王女様にとってどんな方ですか?」


「正直に申し上げて、父のことは嫌っておりました。私が幼い頃は戦に出てばかりでしたから。あまり遊んでもらったり可愛がってもらったりした記憶がないのです。そして父が伯父から王座を奪ったことに、私は反発しました」


 ティアナはレナードのことはよく知らないが、ウェンリィ王太子を父に売った話は聞いたことがあった。


 レナードはもともとサルアン王に恩があったにもかかわらず、あの夜に領内に逃げ込んできたウェンリィ王太子を追い込んで自害させ、その遺体を父に売ったというのだ。そしてその功績で領地を得て出世を果たしたのだと。


彼にはどうしても裏切者という評判がつきまとう。信用できる人物だろうか?いや、窮地を助けてもらった相手を疑うのはよくない。弟に引き渡すつもりなら、わざわざ自分の城に連れてくる必要などなかったのだ。何よりもシオンが慕っている方なら信頼できるはずだ。


 レナードの城で王妃はかくまわれていた。王妃は大広間で待っていた。


「母上!」


 抱き合う母子。


「不自由ありませんか、母上」


「ええ。レナード殿とご婦人がよくしてくれているわ」


 ティアナは、王妃の隣にいたレナードの夫人、マグリットと挨拶を交わした。そこにレナードがやってくる。


「長く危険な旅路をよくおいでくださいました。しかし、残念ながら安心はできません。殿下がここへ逃れてきたことは早晩敵の知ることになるでしょう。敵が大軍で攻めてくるかもしれません」


「なにか打開策はないのでしょうか?」


 王妃が穏やかな表情で提案をはじめる。


「あなたたち姉弟が争うのを見ていられないわ。姉弟喧嘩を止めるのは親の仕事よ。私が王都へ行ってあなたの弟を説得してくる」


「そんな!危険です!母上」


「敵に人質に取られるかもしれません」レナードが言う。


「親を人質に取るような息子なら、容赦しないで。私がここにいても何もできないわ。敵のツン族は私に槍を向けることを躊躇しないでしょう。私がここにいたところで敵の攻撃の手が緩まるとは思えない」


 ティアナたちの引き留めにもかかわらず、王妃がわずかな供回りを連れて城を出立する支度をはじめた。

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