第38話 開城交渉

 ティアナはサキ、ヴァン、ジェンゴの護衛を伴って、王都の城門から出てきた。王太子と合流した王太子妃、ユリヌスとマチス、そしてオルセイが出迎えた。


 オルセイはいつの間にか王太子軍の中心的存在になっていた。戦の経験が豊富な歴戦の軍人であり、人望もあり、王国軍を取りまとめるためにうってつけの人物だった。オルセイはユリヌスの横柄な態度を苦々しく思っていたが、表には出さないようにしていた。


 マチスは、オルセイが来てから王太子の助言者の座を奪われる形になった。そのため当初マチスとオルセイの関係は緊張をともなった。後から来た者にキングメーカーの座を奪われるのは許せない。しかしその後、王太子妃セフィーゼが合流すると状況が変わった。ハンスは結局、セフィーゼの言いなりだ。セフィーゼが「最も功績が大きく、殿下に最も忠義があるのはマチス殿です。そのけじめはしっかりつけるべきです。後から来たものに甘くしてはしめしがつきません。ましてやオルセイ殿は殿下に一度は弓を引きかけた者です」とハンスを諭したのだ。それからマチスは王太子のすぐ隣の位置を取り戻した。オルセイはさらにその隣が定位置となった。


 オルセイがティアナに挨拶をする。


「王女殿下が御自らが交渉のために出てこられるとは。その高貴な勇気に感服いたします」


 ティアナはオルセイをみて皮肉った。


「もう新たな主を得たのですか。さすがは疾風のごとき戦いぶりで知られるオルセイ殿。見事な変わり身の早さですね。私もその変わり身の早さに感服いたします」


 思わぬ反撃にオルセイはやや狼狽し、咳払いをした。


「正式な王位継承権は王太子殿下です。私は正式な君主にお仕えしているだけです」


「疾風といえば、オルセイ殿がまっさきに戦場を離れたとか」


 王女は追撃を止めないようだ。


「陛下は判断不能な状態になられたのです。王太子殿下と刃を交えるとなれば、陛下の明確な命令が不可欠でした。陛下の攻撃命令無しに、陛下のご嫡男に刃を向けることはできません。陛下への忠義ゆえの判断だったのです。忠義ゆえに、やむなく戦地を離れて様子を見ることになったのです。そしていま、陛下は亡くなられました」


「陛下は亡くなったとは限りません」


「我々はその可能性が高いと考えています。ライオネル陛下の遺体と思われる遺体を発見しております。遺体の損傷が激しいので確定まではしていませんが」


「その証拠に、ライオネル陛下からはまったく音沙汰がない」


「姉上」


「怪我はしていない?」


「はい。敵を一人、クロスボウで仕留めました」


 ティアナが眉をひそめる。


「敵ではないわ。我が国の兵士よ」


 王太子妃が横やりを入れる。


「見事な勝利を納めた殿下に対し、お祝いの言葉は無いのですか、義姉上あねうえ?」


 ティアナは王太子妃をにらみつけ、その言葉を無視して続ける。


「今日は和平の交渉に参りました」


「各地で略奪を働きましたね。王都の民たちは異国の兵士たちに乱暴されるのではと怯えています。異国の兵士たちは王都の外で待機させてください」


 ハンスが首を振る。


「それはできない。余のために戦ってくれた兵士たちだ。彼らを王都の中で休ませ、労い、褒美を与えねば」


「では兵士たちに厳命をお願いします」


 ハンスは妻の顔を伺い、セフィーゼが頷いたのを見て答える。


「承知した」


 ユリヌスは父から言い含められていたことを思い出した。アルヴィオンには王女がいる。戦に勝利した後は、王女を手にいれ結婚を検討しろ。あのときは気乗りせずに聞き流していたが、王女を見た今となっては、何としても手にいれたくなった。王太子妃が耳打ちする。


「都は王太子の居城だ。王太子とその軍の受け入れを拒否するとは不当だ。

王都の速やかな開城を要求する」


「市民は怯えています。北方民族に国内の多くの村が略奪されました。都の民も略奪されるのではないかと考えているのです。軍に規律をしいてください。都の民に乱暴狼藉を働かないように厳重に兵たちを律してください。万一この軍に乱暴狼藉を働く者がいたら厳罰に処してください。以上を約束していただければ、王太子殿下とその軍を受け入れます」


「そちらの要求はわかりました、姉上。相談するのでしばらくの間三人にしてください」


 ユリヌスにお伺いを立てなければならない。ユリヌスは先ほどからずっと、ティアナを穴があくほど見つめていた。ティアナが三人から離れていく間もずっとその後ろ姿をずっと見続けていた。ティアナが十分離れた後、まだティアナを目で追いながらユリヌスが口を開いた。


「俺は都を焼いても構わないんだぜ」


「それは困る!余のものになる都だ」


何をしでかすかわからない兄に妹も

「無傷のまま手にいれるべきです」

王太子が付け足す。


「先日話していたとおり、ユリヌス殿を元帥に就任させる」


「ああ。もらえるもんはもらっておく。

だが、俺が欲しいのはそれだけじゃないぜ」


「何が望みだ?」


 王太子が訊く。その答えに王太子は息を飲んだ。


***


 王太子が手をあげて合図をする。合図を受けてティアナがやってくる。


「決まりましたか?」


 ハンスが答える。


「そちらの要求を受けよう」


 門が開かれ、大法官、大蔵卿、密偵頭、シオンらが出てくる。一同は王太子の前にひざまずき、臣従の礼をとる。王太子の軍が入っていく。


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