第39話 支配者
王都北側の門が開かれ王太子軍が王都に入城する。入城してきた異国の兵士たちに対し、王都の民たちは恐れと敵意に満ちた目を向ける。特にセフィーゼに対する風当たりが強い。
「ドーラの雌狼め」
「この国に災いをもたらず呪われた女だ」
「野蛮人を王都に引き入れたのはあいつだ」
「各地での略奪はあの女が指示したらしい」
民たちは小声でセフィーゼを罵った。セフィーゼは個々の会話こそ聞き取れなかったが、人々から歓迎されていないこと、特に自分が民衆の憎悪の対象になっていることは察した。よもやユリヌスが命じた村々の略奪や虐殺までも自分が命じたことになっているとは知る由もなかったが。
ツン族に対しては、ハンスの名義で王都内の乱暴狼藉を厳しく戒める通達が出ていた。しかし、敗者から奪うことを長年の伝統としており、略奪のために戦うツン族が、それを戒めることができるか不安があった。それに彼らが従っているのはユリヌスであってハンスではない。ハンスの名義で出ている通達をどれほど重く受け止めるだろうか。実際のところ今も、ツン族の男たちは、にやにやしながら王都の女を品定めするように見ている。
王宮に着き、ツン族が王宮に入っていく。掃除婦は泥まみれの靴で王宮をずかずかと歩く大人数のツン族に閉口していた。
王宮に入り、ハンスは気分を良くした。長年住み慣れた王宮に帰還できたことを無邪気に喜んでいる様子だ。
「戻ってこれた」
ハンスが明るい顔になってセフィーゼに言うと、「はい。この城の今の主は殿下です」と持ち上げられる。ハンスは実感が湧いてきた。
「王宮に戻ってこれた。今度は主として。そして勝者として」
しかしそこにユリヌスがずかずかと王宮を我が物顔で闊歩しているのが視界に入り、高揚した気分に水をさされる。ハンスの顔から喜びが消えた。本当に主として戻ってこれたのだろうか。そしてあの話を姉にしなければならないことを思い、気が重くなった。
翌日、評議会が開催された。王の席にはハンスが、その隣の二番目の席次にはセフィーゼが、三番目の席次にはユリヌスが座った。クラレンス、モーゼフ、マチス、ディミトリィも席についている。クラレンスが挨拶をする。
「評議会は王太子殿下をお迎えできることを喜んでいます。そして王太子妃殿下も。それと」
クラレンスがユリヌスを見ると、ユリヌスは大きなあくびをひとつして、鼻をほじりはじめた。
「異国からの客人も」
クラレンスがなんとか言葉を継いで評議会がはじまった。
ユリヌスの横柄な態度に皆、内心では怒りを覚えていた。最初の議題は空席になった元帥の人事である。
「殿下、新しい評議会の体制の発表を」王太子妃が何か書かれた紙をハンスに渡す。
「うん」王太子が受け取った紙を開いて棒読みでを読み上げる。
「ユリヌス卿を元帥に任命する。ユリヌスには先の戦で余を守った功があり、軍事的実績も十分であり元帥にふさわしいと考える」
「外国人を元帥に任命した例などありません」クラレンスが狼狽する。
「オルセイ殿が適任かと。歴戦の勇士です。卿であれば不満を持つ者はいますまい」
王太子妃が王太子を肘でつつくと、王太子は「オルセイは余の軍事顧問とする」と答えた。さらに、王太子妃がすかさず口を挟む。
「外国の者を元帥に任命することを禁じた法律はありますか?」
「いえ」
「では問題ありません」
話はそれで終わった。
「続けてよいか?」ハンスが続ける。王太子は手元の紙に目を落として読み上げる。
「近衛騎士団長はマチス卿を復帰させる。大法官、大蔵卿、密偵頭は留任とする」
クラレンスとディミトリィは、自分の地位が守れたことに胸を撫で下ろす。しかしその直後、セフィーゼがまともやクラレンスを狼狽させることを言う。
「近日中に夫の戴冠式を執り行います」
「しかしまだ、ライオネル陛下の崩御が確認されていません」
セフィーゼはクラレンスの言葉に耳を貸さず、「王位を空席にしておくわけにはまいりません。二週間後にしましょう」と強引に決めてしまった。
「その前にもうひとつやるべきことが」
そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。ティアナが立っていた。
ティアナが入ってくる。退屈そうだったユリヌスの顔が明るくなり、にやけ面に変わる。ティアナはハンスの前に仁王立ちした。
「ツン族の兵士が都の市民に乱暴をはたらいたわ。約束が違うじゃない!」
「待ちなさい!」
セフィーゼが不愉快そうにいう。
「姉上といえども節度をもっていただかなくては。王太子殿下はすぐに国王陛下になられる方です。そしてすでにこの国の守護者となっておられる方です」
ティアナはやむなく言いなおした。
「ツン族の兵士が王都の女に乱暴をはたらきました。厳しい処罰をお願いいたします。……殿下」
「わかった。厳しく処罰しよう」
王太子が請け負うと、王太子妃が口をはさむ。
「しかし
「あ、ああ……」気が重そうなハンスをセフィーゼがつつく。
「姉上、姉上にはこのユリヌス殿と結婚してもらうことになった」
先ほどからのにやけ面でユリヌスがティアナをみつめている。
「アルヴィオンとドーラの絆をより深めるためです」セフィーゼが補足する。
「両国のためなんだ、姉上」
ハンスが申し訳なさそうな顔で言ったが、それが呆然としているティアナの耳に届いているかは定かではなかった。
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