第35話 奮起
サキとジェンゴが物見にやってきたときその村は略奪され焼かれていた。
「惨いな」
サキは煙の上がる家の前に呆然と立っている少年をみとめた。少年は気付いていないが、ツン族の男たちが彼に近づいている。サキは一歩踏み出した。
「おい、行くのか?」
サキが答えもせず駆け出したため、ジェンゴも後を追った。
呆然としていた少年は、気付いたときにはツン族の男たちに囲まれていた。男のひとりがにやにやしながら言った。
「悪いな、目撃者は全員殺す方針でな」
男は斧を振り上げる。
が、その斧が振り下ろされる前に、サキが投げたナイフが男の首を貫いた。その男が倒れる前にサキは別の男に飛びかかり、切り伏せた。ジェンゴも加勢し、ツン族の男たちはたちまち切り伏せられてしまった。
「大丈夫か?」
ジェンゴが武器を仕舞いながら、少年に声をかける。少年の名はクワトロといった。少年が立っていた家の中には男女の死体が転がっている。
「お前の父ちゃんと母ちゃんか?」
ジェンゴが問うと、クワトロは涙を拭いながらうなずいた。ジェンゴとサキにはこの少年が、幼いころに親を亡くした自分の姿に重なってみえた。
***
ハンスがマチスを引き連れユリヌスのところに抗議に来た。
「なぜこんな惨いことをするのです」
村々で略奪をはたらいていることだ。
「お前の父親だって戦争中に食料が尽きたら村から徴発するだろう」
「それなら食料を分けてもらえば済む話だ。村人を殺戮したりはしないでしょう。彼らは余の民だ」
「俺はやり方が徹底しているだけだ。お前は北方民族を知っているか?北方民族のやつらは凶暴な番犬だ。手なずけておくにはエサを与え続けなきゃならねえ。エサを切らそうものならお前が噛み殺されるぜ。お前が十分な金を与えられたら話は違うんだがな。金も無しに大軍を借りようってんだから、これぐらいのことでごちゃごちゃぬかすな。お前の野心が招いたことだ」
ハンスは顔を紅潮させながら反駁した。
「しかし略奪ばかりではないですか。城をひとつも落としていない。そもそも城に向かってもいないではないですか」
「ガキは黙っていろ。これは戦略だ」
王太子をガキ扱いされマチスがユリヌスを睨むが、ユリヌスはまったく気に止める様子はない。王太子が名目上の総大将の威厳を少しでもみせようと食い下がる。
「ではその戦略を詳しく聞かせてください」
しかしユリヌスは王太子を適当にあしらう。
「戦略は大人に任せておけ」
実質的な指揮官はユリヌスだ。この軍の主力である北方民族1万はユリヌスの命令にしか従わない。ハンスは唇を噛んでユリヌスの背中を見つめていた。
***
王宮で人々が声をひそめて噂している。
「領地が略奪されたそうだ」
「家族が皆殺しにされたそうだ」
領地をツン族に略奪された伯爵、ジグルドが王の前に進み出てひざまずく。
「陛下、私は連中にすべてを奪われました。このような所業が許されてよいはずがありません!私は騎士もほとんど失いました。この手で連中に制裁を加えたいところですが、私に力は残っておりません」
ジグルドは涙ながらに懇願する。
「どうか、神に代わり、陛下があの非道な者どもに正義の鉄槌を!」
哀れな伯爵の懇願に共感して涙を浮かべている者もある。伯爵の親族だろうか、しゃくり上げている者もいる。ジグルドの話を目を閉じて聞いていたライオネルは目をきっと開く。
「そなたの無念はよくわかった。そなたの願いを聞き入れよう」
「ありがたき幸せです、陛下!」
兵士たちの士気は高かった。国土を蹂躙した者たちへの怒りと正義への陶酔が兵士たちを高揚させた。ライオネルはこの高揚を待っていた。兵たちの怒りが沸点に達し、心が一つになるこのときを。ライオネルが立ち上がる。
「出陣の支度をせよ。ドーラの不埒者たちを征伐する!」
王の号令にその場の男たちが一斉に雄たけびをあげた。マッセムは胸が熱くなってきた。自分は歴史叙事詩の一場面に立ち会っていると感じた。しかも、元帥として王に次ぐ軍の統括者として、だ。今回の戦は国境近くの領土を巡る小競り合いではない。数十年ぶりの大きな戦だ。吟遊詩人に歌われる英雄になるのだ。この戦いは正義の戦いであり、村を焼いて悪逆非道の限りを尽くす敵を勇敢に討ち取りにいくのだ。
急ぎ出陣の準備が整えられ、マッセムはライオネル王の率いる軍とともに戦地へ向かう王。マッセムにとっては初陣だ。大きな戦だが、気は軽い。あらゆる点で自軍が優位だ。兵数は敵の倍以上だ。軍の士気はすこぶる高い。戦上手のライオネルが自ら率いてる。勝手知ったる自国領での戦いだ。敵は遠征で疲弊しているはずだ。勝利し、自分は歴史の一部となるのだ。
***
マチスには大きな戦の経験はなかった。あの夜は王宮での戦闘を指揮して勝利した。実戦で二人敵を斬った。剣術の腕前には自信がある。軍事学も本や講釈では学んでいる。しかし、大規模な軍を率いて野戦を戦った実経験はない。彼は王宮務めの官僚であり、前線へ出たことはなかったのだ。必然的に主導権は自然とユリヌスに奪われることになった。時折反論を試みるが、経験の差は埋めがたい。なにしろユリヌスはまだ子供のころから軍を率い、百を超える戦を指揮してきたのだ。
ユリヌスの精鋭部隊による夜襲は失敗した。奇襲を読んでいたライオネルが、待ち伏せして奇襲部隊を壊滅させた。さらには王太子の軍に合流している諸侯からも嘆願の手紙が数多く舞い込んできている。いわく、領地を略奪されることを恐れて渋々王太子に従っていた。忠誠心はライオネルに捧げている。領地を保証してくれるなら、戦場ではライオネルに寝返るつもりだ。
「父は戦上手だと聞く」
「はい。大陸でも指折りの戦術家として尊敬されております」
「余はこれが初陣だ」
「私がついております。ユリヌス様も。我々が必要な助言をいたします」
「兵力も父のほうが上だ」
「戦は数ではありません」
マチスはそう答えたが、自分でも思っていないことを口にするのは気が滅入る。しかし今はこうでも言わないとどうしようもない。
「こんなことになるとは思いもしなかった。父に刃を向ける気など全く無かったのに」
ハンスがため息をつく。
(こちらも計算外だ。気弱な子供のお守りをしながら、ライオネルが率いる大軍相手に戦争するはめになるとは)
マチスは伯爵の次男であり、領地を相続する見込みがなかった。野心家であった彼は立身出世を狙い近衛騎士団に入団した。剣の腕も頭の切れにも恵まれており、副長にまで上りつめた。しかし、そこが小貴族の次男坊の限界だった。団長になって評議会の椅子に座るのは、結局家柄と血筋に恵まれた男だ。自分より劣った男たちがその座へ昇っていくのを見るにつけ、妬みと怒りが入り交じった闇が胸中で大きくなっていった。
王の弟ライオネルの計画を聞いたのはそんな限界を感じていたときた。失敗すれば当然命はなく、不名誉な死を遂げるだろう。しかし彼はこの賭けにのった。ライオネルの息がかかった者が仕組んだ謀略で団長が追放になり、ライオネルの工作により彼は念願の団長の地位を手にいれた。入念にその日のために準備を進めた。
そしてあの夜、賭けに勝った。彼はライオネルを玉座に座らせたキングメーカーとなったのだ。見返りとしてライオネルに後ろ楯となってもらい、父に領地の相続を認めさせた。さらに近衛騎士団の団員を倍に拡張し、その地位を見返りとして富を得ていった。団長の権限も王族と王宮の警護だけから、王都の防衛まで拡大された。
前回の賭けには大勝した。しかし今回は分が悪い。非常に。
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