第34話 略奪

 ハンス一行がドーラの王城へ到着し、ハラゴン王に謁見する。セフィーゼが他人行儀な挨拶をする。


「お久しぶりです。陛下」


 父親が笑顔を見せないのはいつものことだが、今日は明らかに不機嫌だ。そしてセフィーゼは気付いた。


「王妃は?王妃は先に到着したのではないですか?」


 ハラゴンが答える。


「王妃は来ていない。敵に先回りされ、身柄を奪われたようだ」


 セフィーゼは言葉を失う。何もかも失敗してしまった。王宮を支配すること、王妃を人質にすること。それは幼少のころから他国を奪うことをおのれの存在理由の全てとして教育されてきたセフィーゼにとって、この上ない恐怖であり、恥辱だった。


 父の期待を裏切ってしまった。それは父への絶対服従を当然のこととして育てられてきた彼女にとって、絶対にあってはならないことだった。このままおめおめと引き下がれるはずがない。彼女は一線を越えることを覚悟した。彼女は父親にひれ伏し懇願した。


「陛下、どうか我が夫に、王太子殿下に軍隊をお貸しください」


 隣のハンスが目をむいて驚く。


「その兵でなにをする?」


「王太子殿下の正当な権利と財産を取り戻します。王都を、評議会を、そして玉座を」


「ツン族の一万騎を貸そう。ただし条件がある。我が子ユリヌスに軍の指揮を取らせろ」


 ツン族はドーラ北方の騎馬民族で、ハラゴンも手を焼いていた。度々反乱を起こし、ハラゴンの目の上のたんこぶのような存在であった。ユリヌスはハラゴン王の長男で、王位継承第1位の王太子である。残虐な性格で、父やその重臣たちから疎まれていると聞く。彼らがハラゴンの後継者としたいのは次男のほうらしい。


 つまりこれはどちらに転んでもハラゴン王に損のない提案なのだ。もし王太子軍が勝てば王太子を傀儡として実質的に王国を支配できる。もし王太子軍が敗れれば、厄介者のユリヌスが戦死してくれるかもしれない。ツン族は壊滅し、目の上のたんこぶが無くなる。体よくユリヌスとツン族を始末できる機会なのだ。ハラゴン王は戦がはじまる前から勝者の一人となっていた。


 ハンスとマチスはどんな条件でも呑まざるを得ない立場であった。交渉の余地もなく、ユリヌスへ指揮権を委ねることに決まった。


***


 ツン族の軍の編成が終わり、出陣が近づく。ハンスは思わぬ戦をすることになった顛末に動揺していたが、男の人生には避けられない勝負のときがあると思い直し、覚悟を決めつつあった。ハンスはセフィーゼが震えているのに気付く。王太子は王太子妃の肩を抱き、やさしく慰める。


「余のことが心配なのだな。だが安心しろ。必ず勝利し、生きて帰る」


 セフィーゼは別のことを考えていた。兄、ユリヌスのことだ。思い出したくもないこと。セフィーゼの体が女らしさをおびはじめたころ、兄は彼女に手を出してきた。これは北方民族では普通のことだ。彼らは女を力づくで自分のものにする。相手が自分の妹であることもめずらしくないと。女がいない地方へ遠征したときは牛や馬を相手にするとか。不愉快な話を聞かせてきた。すべて頭の中から消し去ってしまいたい。


 父にこのことを報告すれば、兄を遠ざけることができるのではないか。しかし彼女は王の望み通りにしなければならない。それが絶対のルールだ。これを王に報告すると王は喜ぶだろうか?これは王が望むことだろうか?誰か別の人に話したら?結局は王に伝わる。王に報告するのと同じことだ。


 結局彼女は一人で抱え込み、苦痛の時間が早く過ぎることをひたすら祈った。自分は伽藍なのだ。中にはなにもない。父の望みを叶えるための伽藍の人形なのだ。怒りも悲しみも無いはずだ。怒りも悲しみも完全に消え去ることはなかった。苦痛はひたすら続いた。長く、永遠にも思えるほどに。


 機動力に優れたツン族の軍は、短期間で国境を越えた。マチスは少ない兵糧をいぶかしんでいた。そして案の定のことが起こった。


***


 クワトロは村の少年だ。水汲みを終えて、帰路についていた。村の方角から煙がのぼっている。不信に思って急ぎ足で近づくと、村の家々が燃えていることがわかった。心臓が高鳴る。クワトロは走った。


 村に入口に着くと、近所の爺さんが頭から血を流して倒れている。駆け寄って聞く。


「何があった?」


 爺さんは息を切らしながら説明する。


「村に馬に跨がった男たちがやってきて、すべてを奪ってしまった。食料も何もかもだ。抵抗した村の男は殺され、女は犯された。お前のところも多分……」


 クワトロは自分の家に走る。少年がそこでみたものは、無残な両親の姿だった。

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