第33話 一手
翌日の評議会の面々が集まって王太子を待っていた。しかし、やって来たのはセフィーゼだけだった。
「噂に聞いたのですが、クラレンス様は王妃殿下と男女の仲だったとか」
「そ、それは……ご結婚前のことです」
「他にも王妃殿下との関係が噂される方がおられます」
セフィーゼの視線を感じて、ディミトリィは頬を掻いて顔を背けた。
「皆さんにお伺いしますが、王妃殿下と関係を持ってない方は挙手していただけますか」
誰も手をあげない。マッセムが驚いてモーゼフをみた。
「全員ってわけ? 評議会とは何をするところかしら」
セフィーゼは驚きあきれた様子で首を横に振った。クラレンスは咳払いをして仕切り直した。
「王太子殿下はまだですが、我々だけで進められる議事は進めましょう」
クラレンスは予定どおり王妃の釈放を宣言しようとしていた。
「では、王妃殿下の拘束について……」
「失礼します!」
衛兵が飛び込んできた。
「評議会中申し訳ありません! 王妃殿下が行方不明です。王太子殿下が旅支度をはじめておられます」
「私も行かなければ」
そう言ってセフィーゼが部屋を出るので、評議会の面々はあわてて彼女についていく。
「どういうことです?」
セフィーゼはクラレンスの問いかけには答えずにさっさと歩いていく。王宮の門のところで王太子が旅の準備を終えて馬車の乗っていた。セフィーゼも乗り込む。クラレンスがハンスにすがりつくように声を出す。
「殿下!」
ハンスは悪びれた様子もない。
「おお、今日は評議会に出席できず、すまなかったな」
「これは一体どういうことなのです?」
「これから我が妃の祖国へ挨拶に向かう」
「はっ!?」
「思えば結婚後、挨拶がまだであった」
「王妃殿下は!?」
「母上か?母上は先に出立した」
クラレンスが唖然としている。
「母上は懐妊中のお体だ。そのまま逗留し、出産するのがよいかもしれぬ。産後もしばらく休養されるのがよいのではいか」
「安心しろ。侍医と乳母もついていかせた」
シオンはセフィーゼ達の狙いに察しがついた。
(王妃をドーラの人質にする気か)
***
ライオネルはうわ言を呟いていた。その男はいつものごとく、王の徘徊を見守っていた。彼の仕事は王にとって危険なものを先回りしてどけ王の身体の安全を確保することであった。王のうわ言はいつものことで、意味の通らないことをぶつぶつと呟いている。しかしそれがふいに止んだ。
「王妃は?王太子はどこだ?」
***
ハンスとセフィーゼとマチスが王都からの使いの報告を聞く。
「殿下、ライオネル陛下のご病状が回復しました」
「それは本当か?」
ハンスの問いに使いはうなずき、続ける。
「陛下は王太子殿下に王都への帰るようにとの仰せです」
ハンスは驚いたが、迷う様子もなく答える。
「では戻らねば」
あわててセフィーゼがハンスを押し止める。
「殿下、ここは慎重に対応せねばなりません」
「父が、陛下が呼んでいるのだ」
「陛下はお怒りかもしれません。感情は波のようなもの。高いときもあれば、時が立てばやがて引いていきます。高いときに無理に感情の海を渡ろうとすると、もつれるものです。賢い船乗りは時期を待ちます。今は様子を見るとき。落ち着くまで待ったほうが懸命です」
「しかし、陛下の命令だ」
「あるいは評議会のかん臣たちの罠かもしれません」
ハンスはまだ迷っている様子だ。セフィーゼは母親が子供に優しく言い含めるように説得する。
「殿下にはもう一人の父がいることをお忘れですか。とにかく一度、私の父のところへ参りましょう」
***
サキたちは草むらの中で息を殺して待っていた。王妃を乗せた馬車はここを通るはずだ。王妃の拘束に立ち会ったミゲルは、自分の証言が王妃の拘束を招いてしまったことを悔いていた。ただ正直に自分の思うところを述べただけだったが、それがこんな事態を招くとは。身が危ないのではないか。思い悩んでサキたちに相談したのだった。サキたちは王太子の一派の狙いを読み、王妃の奪還のため先回りして待ち伏せたのだった。
やがて王妃が乗った馬車の一団が来る。護衛は馬車の前方に三騎、後方に三騎。十分引き付けるまで待つ。合図はいらない。長年ともに過ごしてきた仲間たちだ。その技量や癖は知り尽くしている。今回はクロスボウが不得手なジェンゴの間合いに合わせる。ジェンゴの間合いはサキもヴァンもよくわかっていた。
もう少し。
間合いに入った。サキたちが一斉にクロスボウを撃つ。サキとヴァンの放ったボルトはそれぞれ前衛の喉に命中し、即死させた。ジェンゴは外した。
「ちっ! くそ!」
いまいましげにジェンゴが舌打ちする。一団が止まる。サキたちは草むらからすかさず躍り出る。ジェンゴはクロスボウは外した責任と取って二人受け持つつもりだ。ジェンゴの大剣の一太刀を受けた前衛は、バランスを崩して落馬する。
すかさず後衛たちが剣を抜いて迫ってくる。サキとヴァンがあっという間に護衛たちを斬り倒す。残った一騎がジェンゴに剣を振り下ろそうとするが、ジェンゴが大剣を下から薙いで騎手の首を馬の首ごと跳ねてしまった。馬車を引いていた男は、おびえきっていた。
「行け」
ヴァンが言うと、男は馬から飛び降りて走り去っていった。
王妃が馬車の中から様子を見ていた。
「あなたたちは王女の護衛の」
ヴァンたち3人はひざまずく。
「お迎えに参りました。殿下。行先を変更いたします」
「どこへ?」
「安全な場所です」
王妃は思った。王都へ戻るわけではないのか。今や王都は最も危険な場所になった。いや、違う。昔から最も危険な場所だった。
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