第31話 奇策

 密偵頭にシオンが提案する。


「過去の例を調べました。ある方の協力が得られれば事態を打開できるかもしれません」


「ある方とは?」


 シオンが説明する。


「わかりました。しかしその方に動いてもらうにはあの男と手を組む必要があります。それでよいですかな?」


***


 クラレンスとマッセムが密談している。そこへ密偵頭のモーゼフがやってくる。モーゼフが声をかける。


「お困りのようですな」


 クラレンスは苦い顔をして言葉を返す。


「そなたとて安泰ではないはず。いつ評議会を追われるかわからないのではないか」


「我々には策があります」後ろの壁からシオンが姿をあらわしながら言った。クラレンスはモーゼフとシオンの顔を見比べる。


「なぜそなたらが。いがみ合っているように思っていたが」


 これにはシオンが答える。


「確かに私とモーゼフ殿は敵対しておりました。今は同じ船に乗り命運を共にしております」


「そして私はあなた方とも敵対しておりました。勘違いでなければ私は命を狙われたこともあります」


 そう言って元帥のほうを見る。元帥はとぼけるように、あさっての方向に目をそらす。シオンは続ける。


「ですが、生き残るためならば昨日の敵は今日の友とすべき場合もあります。我々とともにある方をご支持いただきたいのです。仲間は多いほどよいのです」


「ある方とは?」


 シオンが説明する。


「協力していただきますよ。私の考えではあなたに選択の余地はないはずです」


 シオンは手紙を差し出す。クラレンスの顔が青くなる。


「是非とも協力していただきますよ。国家中枢の機密情報を漏らしていたとなれば、評議会の椅子を失うどころでは済みませんよ」


***


 次の評議会では王太子ハンス、その妃セフィーゼ、近衛騎士団長マチスがモーゼフらを待っていた。やがてモーゼフらもやってきて着席する。


「全員揃ったな。では今日の評議会をはじめよう。最初の議題は人事だ」


「殿下」


 クラレンスがハンスを制止する。


「その前に、本日の評議会からこの方にも参加していただきます」


 入り口から入ってきた人影に全員の目が釘付けとなった。


「私も混ぜてくれないかしら」


 入口に姿をあらわしたのは王妃だった。


「王妃殿下」


「母上」


 クラレンスが宣言する。


「王妃殿下が摂政に就任されました」


「国王が執務不能になった場合、王妃が摂政としてするのが伝統です」


「王妃殿下が摂政就任のご意思を示された以上、これに異を唱えることなどできますまい」


***


 セフィーゼはドーラでの苦しい時代に空想に逃げ込んだ。それは他愛のない少女の空想かもしれない。ある日セフィーゼのもとに騎士がやってくる。見目麗しいその騎士は、泣きはらしたセフィーゼを優しく介抱してくれる。そして騎士は永遠に彼女を守ると誓いを立てる。そしてセフィーゼを馬の後ろに乗せてどこかへ連れて行ってくれる。


 セフィーゼは騎士の背中に抱きついている。いつの間にか周囲は美しい花々が咲き乱れる野原になっている。セフィーゼはどこか遠い異国の地まで来たのだと思う。そして満ち足りた気持ちになり、安心して眠りにつく。空想の世界にだけは、父も兄も入り込めない。何人にも侵害できない聖域だった。彼女の周りの騎士は父の追従者だけだ。ひたすら父にひざまずき、どんな命令でも盲目的に従う。その命令が彼女を傷つけるものであっても厭わない連中。現実の騎士とはそのようなものだった。戦って自分の力を証明しなければならないのだ。


 状況を好転させるため、セフィーゼがハンスにある提案をする。ハンスはあまり乗り気でない。


「これは殿下の安全を確保するために必要な処置です」


「しかし信じ難い。義母上ははうえはたしかに私を愛しておられたのだ」


「そうなのでしょう。しかし、人の心は移ろいゆくものです。いま王妃殿下のお腹には新しい命が宿っています。王妃殿下の愛情がその新しい命に集中していないとは限りません」


***


 セフィーゼは近衛騎士副団長のミゲルを呼び出して、ハンスの前で証言させた。


「あの道は盗賊が出るような場所ではなかったのです。事実、あのときまで盗賊があそこで追いはぎをしたことはありませんでした。だからこそ過大な護衛は必要ないと判断したのです。それがあの日に限って賊があらわれたというのは、今でも腑に落ちません。誰かがあの日あの場所に賊を誘導したとしか思えません」


 副団長の証言を受けて、セフィーゼはハンスをみる。


「あの日にあの場所を王太子殿下が通ることを知っていたのは王妃殿下を含めごくわずかです。その中で動機があるのは」


「でも証拠がない」


「だから調べる必要があるのです。王妃殿下の疑いをはらすためにも。殿下の王妃様への愛情は尊いものです。しかし、時として愛情が目を曇らせることもあります」

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