第30話 変化
夜、サキが王宮の中を歩いていると、背後に気配を感じる。
後ろから掴まれかけて気付く。とっさに後ろに蹴りを繰り出し、その反動で逃れる。蹴りでダメージを与えた手ごたえはない。大木を蹴ったような感覚だった。
薄暗いなか、相手をみる。そこには陰気な大男が立っていた。知っている。密偵頭モーゼフの助手の男だ。
剣を抜きながら相手を観察し、相手の戦闘能力を推し量る。かなり強い。敵が剣を抜いて襲い掛かってくる。受け止めるが、態勢が崩れる。さらに蹴りが来る。腹に受けて後ろへ吹っ飛ぶ。倒れたら殺される。後転して体勢を立て直す。
相手の実力はよくわかった。自分より格上だ。それなら取るべき道はひとつ。自分は名誉のために命を捨てる騎士道とは無縁だ。戦うのではなく逃げるのみ。逃げ込む脇道は三つ。隙があるのは左の脇道だ。すでにほぼ完全に頭に入っている王宮の構造を思い出す。あの脇道の先は抜けられる。よし。
サキは敵に短剣を投げつける。敵はそれを右側に躱すが、それによって左の隙が大きくなった。サキはすかさずその隙をついて左側から脇道を目指して走った。いける。相手が後ろから追いかけてくるのが分かったが、この脇道の先は複雑な回廊のようになっている。そこまで行けば敵をまくのはそれほど難しくない。もうすぐ脇道を抜ける。あと少し。そのとき複数の影が前に立ち塞がった。影はそれぞれ得物をこちらに向けている。サキは止まるほかなかった。
後ろから追いかけてきた敵も追いついてしまった。結局、敵に取り囲まれてしまった。
(くそ。最初からここに網を張っていたんだ。わざと隙を作ってこっちの道へ誘い込まれたんだ。相手の手の内で踊らされ、袋のネズミになってしまったのか)
しかし、こんな手のこんだことをするということは、すぐに殺すつもりもないということだ。
「武器を捨てよ」
サキはこの状況で抵抗して生き残れる可能性を計算したが、結局武器を捨てることにした。
「女が武器を捨てました」
助手の男がいうと、脇道の角から老人がぬっと姿をあらわす。
「密偵頭のモーゼフだ」
「知っている」
「私の庭で悪さをしていたのはお前たちか。表向き王女の護衛として雇われて王宮に入り、密偵として活動している。先日はヴィドー殿を暗殺したな。デュランに雇われたのか?」
「お待ちください」
シオンがあらわれる。
「利害さえ一致すれば、この者たちは心強い味方になるかもしれません」
シオンがサキのほうをみる。
「そなたの仲間を説得してくれないか」
「殿下が王位を奪回されたら、私たちの“谷”を雇用してくださいますか?」
「約束しよう。協力してくれたら必ず厚遇する」
***
サキはヴァンとジェンゴに、シオンの正体はウェンリィ王太子であることを明かす。そして計画の全貌を打ち明ける。ウェンリィ王太子に手柄を立てさせて実績を作り、人々の信望を得たところを見計らって正体を公にする。人々の支持を得たウェンリィ王太子は、支持する諸侯の後押しを受けて王座を奪還する。
「そんな楽しそうなことに首を突っ込まない手はないな。」
ジェンゴも乗ってきた。シオンとヴァンは、それぞれレナードと頭に連絡を取って、両者の会合の段取をつけた。
***
レナードが“谷”の
今の雇い主を裏切ることになっては聞こえが悪い。雇い主に鞍替えを認めるように話をつけていただけないか。頭は計算していた。クルセウスが密偵を二重に雇って話さなかったことも気に入らない。そして老い先短い王に仕えても、長い繁栄は約束されない。ウェンリィ王子は若い。もし雇い主になれば長きにわたって共存共栄の関係になる。新しい契約のときかもしれない。頭はフレドに語る
「我々は王にはなれない。王になるには血筋が必要だからな。では、我々にとって最高の勝利とは何か。キングメーカーになることだ。王位につけ、その功労者となることだ。それで王から恩恵を得ることができる。“谷”はウェンリィ王子を擁立し、キングメーカーになる」
***
密会場所にはすでにシオンとモーゼフがきていた。そこにサキ、ヴァン、ジェンゴがやってくる。ジェンゴが遠慮なくいう。
「あんたの後ろ盾を斬ったのは俺たちだ。それでも手を組むっていうんだな?」
「ああ」
「“谷”の人間か」
「知っているのかい?」
「仮にも密偵頭を務めているのでね。敵に回ると恐ろしいが、味方になってくれるとこれほど心強いものはない」
「お世辞と受け取っておくぜ」
「手土産がある」
ヴァンが、クラレンスがクルセウスへ出した手紙を差し出す。
「これは役に立つのではないでしょうか」
「これは、クラレンス殿の手紙」
「政敵を追い落とすのに使えるでしょうか」
「いえ、追い落とすのではなく、別の使いみちもあります」
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