第29話 雌狼
シオンがティアナをたずねてくる。部屋の前でサキに会う。ヴァンの目もあるので、サキはシオンを知らないように振る舞い、黙っている。シオンは手紙を届けに来たという。手紙を届けにきたのがシオンだと知って、ティアナはわかりやすく動揺した。
塔の上でティアナが遠くのシオンをみつめている。傍らには護衛役のサキがいる。ヴァンが塔から出てきてこちらに背を向けて歩いていくと、今度はその背中をみつめる。ティアナがため息をつく。
「ねえ、サキ」
「はい?」
「あなたは恋をしたことはある?」
「わ、私はそのようなことは」
「あるのね?でも同時に二人の人を好きになってしまったことは?ないでしょう」
「ずっと父上が決めた人と結婚すると言い聞かされてきたし、そう思っていたわ。好きな人と結婚することなんてできないと諦めていた。でも、いま父はそうした判断ができない状態よ。そうすると私の意思も少しは通るかもしれない。慕う人と一緒になれるかもしれない」
「でも想う人が二人いるとなると新たな悩みが生まれるわ」
感情を隠すのが上手くない人だ。と、サキは思った。二人というのはシオン、つまりウェンリィ王太子とヴァンだろう。ウェンリィ王太子とはいとこ同士の関係となる。近親婚に厳しい隣国の法では結婚できないが、この国ではできるはずだ。サキは、王女の気持ちがウェンリィ王太子に傾いていってくれるように密かに祈った。
***
評議会が開催される。クラレンスが上機嫌で会を仕切っていた。邪魔だったヴィドーは死に、いま目の上のたんこぶである近衛騎士団長のマチスは今日追放できる。
「団長は遅刻か。それとも逃げたのか」
団長が入ってくる。後ろからハンスがついてくる。
「王太子殿下、これは一体?」
「余も国のために知恵を出そう」
「政治は我々にお任せを」
「いや、そちらに甘えてばかりはおれぬ。陛下のご病状が不安定で、いつ余が王座につくことになるかわからん。政に慣れておかねばならぬ」
「よいお心がけです、殿下」
すかさずセフィーゼが王太子を持ち上げる。
「恐れながら、侍医の話によれば、陛下のご病状は深刻で回復の見込みはほとんどないとのこと。この上は、陛下に代わり、殿下が評議会を導かれるのがよろしいかと」
マチスも太鼓持ちを務める。
「さあ、はじめよ」
ハンスに促され、クラレンスはしぶしぶ評議会をはじめる。
「はぁ。では本日最初の議題です。大蔵卿殿」
大蔵卿が後ろのニコロから紙切れを受け取り、読み上げる。
「本日最初の議題は羊毛の関税の件です。デュランとの関税引き下げ協約がもうすぐ更新時期を迎えます。
このまま引き続き協約を継続し」
すかさずハンスが口を挟む。
「羊毛の関税の件だが、デュランだけ輸入関税を引き下げ続けるのは公平性にもとる。ドーラからの輸入関税も同等の水準にすべきだ」
「しかし、その」
口ごもる大蔵卿にすかさずニコロが紙片を差し出す。
「羊毛の関税は国庫の重要な収入源のひとつです。デュラン国境付近の毛織物業者が安く羊毛を入手できるようにするためのものです。デュラン国境付近の諸侯の反発を招きます」
「不公平な協約はドーラと我が国の関係を悪化させかねない。なにもデュランとの協定を破棄しようとしているわけではない。ドーラにも公平な機会を与えようとしているだけだ。これは王太子である余の考えだ」
この日の議題は大小の別なくドーラの国益に関係するものはことごとくドーラに有利な結論へ誘導された。最後には評議会の体制の見直しまで示唆した。
評議会の後、大法官の執務室でクラレンスが怒りのあまり声を荒らげた。
「くそ!北西の国への利益誘導ばかりではないか。あの女狐めが王太子殿下を操っておる」
更迭を仄めかされたマッセムも気が気でない。
「しかし困りました。我らはこれからいかがいたしましょう、閣下」
「まずはあの方にこの状況を知らせねば」
クラレンスが手紙を書き、小間使いに渡す。
出てきた小間使いが通りかかったヴァンとぶつかる。
ヴァンはサキとジェンゴのところにやってきて、先ほど小間使いからすった手紙をみせる。
「お前の読みどおり、大法官がもうひとりの密偵だったな」
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