第28話 窮地

 近衛騎士団長マチスの耳に人々の噂話が入ってくる。


「まさか王都内で元帥が暗殺されるとは。前代未聞の大事件だぞ」


「王都の警備は近衛騎士団長の責任だ」


「これは更迭を免れないんじゃないか?」


 マチスは歯ぎしりした。小貴族の次男坊からここまで昇りつめたのに、この事件のせいで窮地に立たされている。人前では冷静沈着な顔を崩さなかったが、内心いら立ち、焦っていた。


 マチスの執務室にセフィーゼがたずねてくる。部下にその来訪を伝えられると、マチスは眉間に寄っていた皺を戻し、冷静な顔になって王太子妃を出迎えた。


「お忙しいところお時間をさいていただきありがとうございます、閣下」


「わが喜びです。王太子妃殿下」


「閣下はドーラと縁が深いとか」


「姪がドーラの貴族に嫁いでおります。領地がドーラとの国境近くで交流があるのです」


「それは素晴らしい。私も閣下もドーラとアルヴィオンをつなぐ架け橋としての役割を担っているということですね。同じ立場に置かれた者同士、閣下とは是非助け合う関係になれたらと思います」


「はい。……それで、今日はどのようなご用件で?」


 セフィーゼが少しためらいがちに答える。


「噂を聞いたのです。それで閣下のお力になれないかと思って」


「噂?」


「恐れながら、閣下は今回の事件の責任を問われ、評議会の椅子を失うのではと」


 どうやらこの女も自分と同じ野心家らしい。マチスはこの女とは気は合いそうだと思った。この窮地を逆転できるなら誰の力でも利用したい。


「どのようにお力添えいただけるのですか?」


***


 マッセムが臥せっているシオンに会いに来る。


「ちっ。死んでしまえばよかったのに」


「父上を継がれて元帥に就任されたそうですね。おめでとうございます」


 ヴィドーが死んで、元帥の地位は息子のマッセムが継いだ。その話はシオンも衛兵から聞いていた。


「知っていたか。じゃあ話は早い。元帥として助手の処遇を決める。お前はクビだ。明日までに荷物をまとめて出ていけ」


「閣下、この者ようやく少し動けるようになったばかりで、このまま放りだすと

野垂れ死んでしまうかもしれません」


 その場にいた衛兵があわててマッセムに進言するが、マッセムは口元を歪ませて笑いながら言い放った。


「知るか。明日中に蹴り出せ」


***


 シオンは傷の癒えない体に鞭打って、地下牢のアーロンのもとに相談に来た。


「殿下!」


「アーロン、何があったか知っているか?」


「ヴィドー様が何者かに暗殺され、殿下も重いお怪我を負われたとタロスから聞きました。今は傷が癒えるまでお休みになるべきです。そのお体で無理をされては――」


「そうもいかぬのだ。マッセムが元帥に就任した。私はクビになり、明日には王宮を追い出される。何とか王宮にとどまる手はないか?」


 アーロンは少しの間考えこみ、そして言う。


「私の旧友のタロスを呼んできてください」


 タロスはサルアンの護衛であったが、あの夜にライオネルに降伏してその後は閑職である司書として生計を立てていた。家族と家を守るためだったが、忠臣は許すことができずもう会いにくるなといって絶交状態だった。シオンがタロスを連れてくる。


「アーロン」


「今でもサルアン様に恩を返したいという気持ちは残っているか、タロス?」


 アーロンの改まった態度に、タロスは姿勢を正し、まっすぐアーロンをみて答えた。

 

「もちろんだ」


「よし。ではお前を信頼する。ウェンリィ様は亡くなったと思われているが、実は生きておられる」


「ここにおられるヴィドー様の助手だった方、この方こそサルアン様のご嫡男ウェンリィ様だ」


 タロスは口を開いたまま、シオンをみた。タロスにアーロンが経緯と現状を説明する。はじめは驚いていたタロスは徐々に状況を受け入れていった。


「やはりそうだったのか。一度お見かけしたとき、王太子殿下の面影があると思ったのだ」


「殿下が王宮に留まれるように職を与えるように頼む」


「なんとかやってみよう」


 タロスは引き受ける。


***


 タロスは王宮へやってくる手紙の管理をしていた。シオンはこの仕事を手伝う見習いとして雇われることで、王宮に残ることができた。


 封蝋が捺されていない手紙はそのまま開いて中を盗み読み元に戻して受取人に届ける。こうした手紙には価値のある情報が少ない。価値ある情報が含まれているのは封蝋で閉じられた手紙だ。封蝋で閉じられた手紙を開封すると、蝋が砕けて開いた証拠が残る。そこで私の出番だ。タロスは印璽を外し、中を読んだ。そして精巧に偽造した印璽で再び封じた。手紙は開封前の状態を忠実に再現していた。


 タロスはシオンに仕事の手本を見せながら、説明する。


「昔から手先が器用でした。細工士になりたかった。父の印璽を偽造して手紙を盗み読んでいたとこがばれました。父は激怒して私を近衛騎士団に送ったのです。あの夜、反逆者に降伏した私は、処刑されるか放り出されて路頭に迷うかでした。しかしこの特技がモーゼフ殿の目にとまり、私は王宮に残ることができたのです」


「しかし大事な手紙は使いを出して直接受取人に届けるのでは?」


「王宮では人の出入りが制限されています。ライオネル様が信用している者宛ての手紙は直接使いの者が手渡すでしょう。一方、ライオネル様の潜在的な敵対者の関係者は出入りが認められておりません。必然的にそうした者宛ての手紙はここを通ることになります。そうしてモーゼフ殿は人の弱みを握り、力を得ていくのです。」


 密偵頭のモーゼフが例の助手に介助されながらやってくる。


「やあ、やっておられますね」


 シオンを見習いで雇うことを許したのはモーゼフだった。つまり、シオンは密偵頭の監視下に置かれたということだった。生かすも殺すも密偵頭しだいということだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る