第27話 再会(二)

 場の緊張が頂点に達したとき、シオンが口を開いた。


「待ってください。私の勘違いでした。この女ではありません」


 衛兵が眉根に皺を寄せながら聞く。


「なに?」


「昨日私を襲ったのはこの女ではありませんでした。申し訳ありません。どうも恐怖で頭が混乱していて。誰をみても下手人にみえてくるのです」


「間違いないのか?」


「はい。お騒がせして申し訳ありませんでした」


 衛兵たちが槍をおろす。


「人騒がせな奴だ」


「どうかしている」


「生死の境をさまよったんだ。無理もないさ」


 衛兵たちがぼやいたり、シオンに理解を示したりしながら部屋を立ち去った。部屋にはシオンとサキが残された。


「11年前に会っていると言ったな? どういうことだ?」


 シオンが問うと、サキが答える。


「私はあの夜、殿下に命を救っていただいた娘です」


 シオンは少し考え、そして思い出したようで、顔に驚きの表情が浮かぶ。


「あの娘か?」


「はい」


「首飾りを持たせてレナード殿の城へ向かわせたが、城にはついにあらわれなかった、あの娘か?」


「はい。事情があり、城へは辿り着けませんでした」


 サキはウェンリィと別れた後、何が起こったのか簡単に説明した。


 「殿下はここに何をしにいらっしゃったのです? なぜ元帥の助手をされていたのですか?」


「私は……王位を取り返しに来た」


 サキは息を飲んだ。


「殿下は亡くなられたという噂を聞きましたが」


「この通り生きている。私はあの夜、レナード殿に匿われた。そしてレナード殿は別の子供の遺体を私の遺体と偽ってライオネルに差し出したのだ。それで私は公には死んだことになった。レナード殿は私を庇護し、教育してきたのだ。いつか私に王位を取り返させる機会をうかがいながら。そしてそのときが来た。ライオネルが病に臥せっているいま、王の権威が揺らぎ、国は不安定になっている。これは王宮の者にとって危機であると同時に己が次の権勢を得る絶好の機会でもある。諸侯は次の王の擁立者になり、次代の権勢を得んとしている。これは私が王位を取り返す絶好の機会でもある。だから身分を隠して一介の助手としてここに戻ってきた」


 シオンは続ける。


「王になるには血筋と実績が必要だ。血筋と実績が諸侯の支持を集める。私にはもちろん血筋があるが、それだけでは足りない。私がいま、ウェンリィだと名乗り出たところで、取り合う諸侯は少ないだろう。僭称者だとして処刑されるのがおちだ。だから実績がいる。ライオネルも戦場で多くの功績をあげたために諸侯の支持を得た。やつはそれで王位を奪ったのだ。私も王宮で功績をあげて実績を作らなければならない。そこで元帥の助手として実績作りをはじめたところだったのだ」


「私はとんでもないことを。殿下の邪魔をしてしまったのですね。そして殿下を傷つけてしまった」


「今回のこと、この傷のことも許そう。だから協力してくれ。元帥の後ろ盾を失ったいま、一人でも多く王宮内の協力者がほしい。特に君はとても腕が立つ。私も剣の腕に多少の覚えはあるつもりだった。だが、君の動きはまったく見えなかった。たまげたよ」


 「殿下にとって、ライオネルは父上の仇でしょう。私にとってもそうです。また、クラレンスは私の母の命を奪った下手人の一人です。彼らをどうされるおつもりですか?」


 シオンはサキをまっすぐ見据えて答える。


「私もライオネルが憎い。だが、王位を取り返すためライオネルを利用したい。クラレンスもだ。だからすぐには殺さない。特にライオネルは重い病だ。手を下さなくてもそのうち死ぬかもしれない」


 シオンはサキの目をのぞく。


「だが、利用価値がなくなれば」シオンがサキをみる。


「すぐに容赦なく殺す」サキはうなずいた。


 サキが胸元から首飾りを出す。サキは首飾りを外して差し出した。


「あの夜、殿下からお預かりした首飾りです。お返しします」


 シオンは腕を伸ばして受け取ろうとしたが、首飾りの前で手は止まった。そしてその手は引っ込められた。


「いや、もう少し預かっていてくれ。私が持ち歩くのは危険だ。正体がばれる危険がある。私が正体を隠す必要がなくなったときに返してくれ」


 サキはうなずき、「では、もうしばらくお預かりします」と言って首飾りをしまった。


 サキが戻るとジェンゴがたずねる。


「殺してきたのか?」


「いや、あいつは私の顔を見ていない。私に会っても暗殺の下手人だと分からなかったよ。お前たちの顔も見ていない。だからあいつは生かしておいても無害だ。危険を冒して殺す必要はない」


***


 ハラゴンは複数の部族が争っていたドーラを再統一し、生ける伝説となった武人だ。再統一の後、しばらくは国内の安定化に心血を注いでいたが、最近は外への野心をむき出しにしはじめた。


「そろそろ毒が十分に回る頃か」


 セフィーゼを嫁にやったのは和平のためではない。


***


 ハンスが隣で寝息をたてている。


 セフィーゼは、ハラゴンに呼び出され、アルヴィオンへ嫁ぐように命じられたときのことを思い出す。


「話はすでに聞いているな? お前をアルヴィオンの王太子に嫁がせる」


 この父には娘を嫁がせる喜びも寂しさもない。


「良い馬とはどのような馬か? 皆、速く強靭な馬を望むが、そうした馬は粗暴で扱いづらく、主人を振り落として怪我をさせるものだ。良い馬とはその者にとって意のままに操れる馬だ。ライオネルの倅は軟弱な子供だと聞く。家臣の中にはお前の嫁ぐ相手としてふさわしくないと反対する者もいるが、王都の子馬をのりこなしてみよ」


 セフィーゼはベッドで寝ている子馬をみつめていた。

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