第19話 不屈の男

 シオンはしばらく呆然とアーロンを眺めていたが、ようやく事態を飲み込んだようで口を開く。


「ア……アーロン! 本当に、そなたか? 生きて捕らえられたという噂は聞いていたが、その後の生死は不明だった。もう亡くなったものかと思っていたぞ」


 シオンはアーロンの足元に転がっている男をみた。


「この者は死んだのか?」


「殺してはいません。気絶しているだけです」


「殿下、この者の恨みを買うようなことに心当たりは?」


「身に覚えがない。はじめて会った男だ」


「では誰かに雇われたのかもしれません」


「殿下」


「アーロン、その呼び方はやめてくれ。身分を隠しているのだ」


「失礼しました。貴方が生きておられるということは、レナード様が王宮に運んできてライオネルに示した、ウェンリィ様のものとされる子供の遺体は?」


「あれは別人の子供なのだ。惨い犠牲だった。レナード殿が私の容貌に似た者の顔を焼き、偽装したのだ。」


「やはりそうでしたか」


 そこに、騒ぎを聞きつけた守衛がやってくる。アーロンはシオンが倒れている男に刃物で襲われているところを助けたいきさつを説明する。これ以上のもめごとの予防のため、アーロンとシオンは別の牢へ移されることになった。


***


 アーロンとシオンは別の牢に放り込まれ、扉が閉められた。守衛が去ったのを確認して、アーロンが口を開いた。


「これで二人でゆっくりと話せますね」


 アーロンはシオンにこれまでの経緯を話しはじめた。


「あの11年前の夜、隠し通路の出口を出たところで敵に囲まれ殿下とあの娘を逃がした後、私は少しでも時間を稼いで死ぬつもりでした。しかし私は殺されず、敵に捕縛されました。数日の間は牢に幽閉されていましたが、ライオネルの謁見の間に引き出されたのです」


 ライオネルは私に言いました。「お前は私の下で十数年忠実に仕えてきた。兄に命じられ王宮勤めをしたのはこの二年ほどだけだ。もう一度私に忠誠を誓い、仕えてはくれまいか」たしかに私は元々ライオネルの下で長きにわたり戦地を転々としておりました。それでライオネルは私の忠誠心が兄であるサルアン様より自分に向いていると考えたようです。


 しかし、私はサルアン様に王宮へ呼ばれたとき、サルアン様を我が主として忠誠を誓いました。サルアン様の下にお仕えした期間は短かったかもしれませんが、誓いは誓いです。たとえ十数年戦地を共に渡り歩いたとはいえ、ライオネルは反逆者であり我が主の命を奪った仇敵です。私はライオネルの誘いを断りました。「忠誠をお誓いすることはできません。私はサルアン様に忠誠を誓った身です。あなたは私の主君を手にかけました。騎士として、おのれの主君を手にかけた反逆者に仕えることはできません。サルアン様亡き今、私の主君はサルアン様の世継ぎであらせられるウェンリィ様ただお一人です」そう言った私は処刑されることを覚悟していました。私は主を裏切る不名誉の上に生きるより、死を選んだのです。


 しかしライオネルは私を処刑せず再び投獄しました。やがて殿下のご遺体がみつかったという話が耳に入りました。それで私の気持ちが変わると考えたのでしょう。ライオネルが牢獄の私のところへやってきました。「お前も聞き及んでいるだろう。ウェンリィは死んだ。もはやお前が仕える人間はこの世にはいないのだ。もう一度考えよ。私に忠誠を誓う気はないのか」

 

 どうかお許しください。サルアン様を失い、あなたまで失ったと思い、そのときの私は絶望的な気持ちになっていました。忠誠を誓った主を失い、誰にも仕えていない騎士など存在価値はありません。仕える主がいてこその騎士です。ライオネルは歴戦の将です。あの男の下に仕えていたころは、理想の主君だと思い、崇拝してさえおりました。ですからライオネルの提案に、そのときの私の心がまったく揺らがなかったと言えば嘘になります。しかし、それでも私はあの男の誘いを断りました。


 私は処刑を願い出ましたが、ライオネルはそれを認めず私は牢獄にとどめ置かれました。牢獄の中で私は食事を取ることを拒否しました。幾度か壁に頭を打ちつけて死のうかとも考えました。実際に衝動に駆られて打ちつけたこともあります。ですが死にきれず、恥辱とともに生きながらえました。


 タロスという者がおります。私とともに近衛騎士としてサルアン様にお仕えしていた者です。私とは親しい友でもありました。しかしあの夜、サルアン様をお守りすることが務めであるはずのタロスは、ライオネルに降伏して助命を乞うたのです。それで、不名誉と引き換えにタロスの命は助かりました。タロスはサルアン様を裏切った罪悪感があったのでしょう、毎日私のところに来て世話を焼いたり外の話をしに来ました。それが奴なりの罪滅ぼしだったのです。私はタロスの裏切りを許すことができず、彼と話すことを拒みました。しかしタロスは牢獄通いをやめず、一方的に食料の差し入れを寄越したり、外の様子を話して聞かせてきます。私が差し入れに手をつけることはなく、背を向けて一言も発しないにもかかわらず、奴はそれを続けました。


 ある日、タロスから、みつかった殿下のご遺体は顔が焼けていて判別できなかったという話を聞きました。「その話を詳しく聞かせろ」と、私ははじめて奴の話に反応して言葉を発しました。奴は私の反応に驚きながらも続けました。王宮医が体の傷などから殿下のご遺体だと断定してということでした。それを聞いた私は殿下が生きておられる可能性にすがりつきました。もしかしたら、みつかった遺体というのは別人のものであるかもしれない。殿下は今もどこかで生きておられるのかもしれない。また、紋章の首飾りもなくなってしまったとも聞きました。密かに生き抜いた殿下が持っておられるのではないかと考えました。


 そしてレナード殿。サルアン様に多大な恩を受けたあのレナード殿が、サルアン様を裏切ってウェンリィ王子を殺害するというのも私には信じ難いことでした。サルアン様と親しく、サルアン様も殊更に信頼されているようでしたから。あの秘密通路もレナード卿の発案で造ったものです。そう考えると、レナード卿がライオネルに差し出した焼けた遺体はウェンリィ王子が亡くなったと見せかけるためのレナード卿の策だったのではないかという気がしてきました。ウェンリィ様はレナード卿に匿われて生きておられるのではないかと考えるようになりました。

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