第18話 疑惑

 翌朝、二人の死体が発見され、近衛騎士たちが取り調べていた。


「死体はケネスとヘイルです。どうやら相討ちのようですね」


 事件の取り調べを担当する近衛騎士が、先ほど事件の知らせを受けてやってきた中年の男に告げる。男は王宮勤めの伯爵のマリウスだった。


「この二人は賭けでできた借金をめぐって険悪な関係にあったようです。大方、借金の返済でもめて喧嘩が斬り合いに発展したんでしょう」


 マリウスがケネスの死体の前にかがみ込み、その顔をのぞき込んだ。


「そっちの死体がケネスですが、彼をご存知ですか?」


 近衛騎士は近くにいた別の騎士に小声で「馬鹿。ケネスはマリウス様の友人の子だ」と教えられる。近衛騎士は自分の失言に気付いて気まずそうにその場から離れた。


 マリウスはケネスの開いたままの瞼をそっと閉じて、冥福を祈った。


 ケネスはマリウスの隠し子だった。マリウスが不義密通した旅籠の女が生んだ子だ。マリウスは正妻との間に子はできなかった。そのためかマリウスはケネスに婚外子としては不相応なほど愛情を持っていた。その子の存在は伏せられ、十五になるまでは旅籠の女に育てられたが、女は流行り病で死んでしまった。その子も同じ病に罹り、生死の境をさまよった。マリウスは神に子供の回復を祈り、これからは神の忠実なしもべになることを誓った。祈りが通じたのか子供は奇跡的に回復した。


 それ以来、マリウスは誓いを守り、強い信仰心を持つ敬虔な信徒になった。教会には積極的に寄進し、戒律を厳守し、人々に対して公正に振る舞いった。そして頑固でやや付き合い辛いが、公正な人物としての評判を得た。子供への愛情は相変わらずだった。


 母親を失ったケネスに居場所を与えようとマリウスが手をまわし、近衛騎士団に潜り込ませた。


 しかし、ケネスの剣術の腕前はいまひとつあったようで、あまり将来有望とは言えなかった。自分の子供であることはずっと秘密にしている。ケネス本人にもだ。自分との関係を秘したまま世話を焼くのは大変だった。彼には財産を残してやることができない。


 だが、できる限りのことはしてやりたい。だから近衛騎士として王宮に置いて何かと世話を焼いていた。できそこないの子とはいえ、我が子だ。可愛くないはずがない。しかしその子を失ってしまった。


 この事件は相討ちとして片付けられることになりそうだ。一見すると、状況は相討ちと思われる。だがマリウスはいくつか違和感を感じていた。マリウスは独自に調査をはじめることにした。


***


 食事中のサキのところにマリウスがやってくる。


「王女殿下の護衛のサキというのはお前か?」


「はい。何のご用でしょうか? もうすぐ持ち場に戻らなければならないんですが」


「少し話を聞きたいだけだ。すぐに済む。一昨日、近衛騎士が二人死んだのは知っているだろう」


「話には聞いていますが?」


「死んだ騎士のひとり、ケネスは私の死んだ友人の子で、親代わりとして面倒をみていた」


「そうですか。それはお悔やみを」


「ケネスが死ぬ前日にお前と話をしているのを見ていた者がいる。何の話をしていたんだ?」


「他愛のない話ですよ。賭けの勝ち負けの話とか、どこの酒場の酒がうまいとか」


 マリウスは納得しない様子で続ける。


「情けない話だが、あの男の剣の腕前は褒められたものではなかった。相手のヘイルはなかなかの使い手だ。相討ちとは不自然だ。実力に明確な差があるふたりが、なぜ、相討ちになったのだろうか?」


「さあ、わたしにはわかりません。そのヘイルという男が酔っていたのでは?」


 サキは表情を変えずに答えた。そして「警護の仕事があります。これで失礼します」と、話を打ち切ってマリウスの傍らを通り過ぎ、立ち去ろうとする。マリウスが振り返り、その背中に言葉をかける。


「ふたりの傷口を見たが、少し不自然でね。傷口は彼らが持っていた剣でついた傷にしては少し小さかった。まるで、もう少し細い剣で斬られたようだ。……例えば、君が持っている剣のようなね」


 サキは答えず、そのまま立ち去った。マリウスが疑念のこもった眼差しでその背中をみつめていた。


***


 “雑草刈り”の男は仕事を終わらせる機会が来たと思った。布が巻かれたそれを持ってゆっくり静かに標的に近づいていく。


 今、標的の男は隙だらけの背中をこちらに向けている。今度の仕事は簡単だ。

何度もやってきたことを、さらに簡単にした仕事だ。


 頭の中で仕事の手順をおさらいする。標的の背後に近いづいたら、肋骨に引っ掛からないよう、ナイフの刃を水平にして刺す。相手が何が起こっているか悟る前に二突き目だ。深い傷を負わせることができていれば相手はもう抵抗する力を失っているだろう。もはや立ってはいられず、床に崩れ落ちる。


 仕上げに、倒れた相手の体を仰向けにして心臓のあたりに何度か刃を突き立てれば、それで仕事は終わりだ。


 ナイフに巻いた布を剥ぎ取りながら標的の背後に近づく。外れた布が床に落ち、刃が露わになったが、優男はまったく気づいていない。


 ついに間合いに入った。殺る。ここからはあっという間だ。背後から標的の肩を左手で掴み、右手で握ったナイフを突き出す。


が、右手が動かない。見ると別の手が自分の右手を掴んでいる。


(何だこの手は?)


 後ろに視線を移すと初老の囚人が手を掴んでいたのだとわかる。次の瞬間、腕を捻られナイフを取り落としてしまう。


 掌底で下から顔を突き上げられ目に火花が散る。すかさず顔の左右から手刀で挟み打たれ衝撃とともに意識が飛んだ。


 シオンの肩を掴んだほうの男は、初老の男の足元に崩れ落ちてのびている。シオンは唖然としてみていた。おもむろに初老の男がひざまずいた。


「ウェンリィ王太子殿下」


「このような姿ではお分かりにならなくて無理はございません」


 男は伸び放題の髪をかき分けて顔を晒してみせた。顔には切り傷がある。


「貴方の護衛を務めておりました、アーロンです」


 男はそう言って、にやりと笑った。

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