第15話 覚醒
王妃アデレードが王の寝室に入ると、ライオネルはベッドに腰かけていた。最近の彼は自分が獅子だと思い込んで王宮内を四つん這いで駆け回ることと、幼児になってアデレードに甘えることを行き来していた。今日の陛下は甘えん坊の男の子かしら?アデレードはライオネルの横に腰かけた。
王が突然口を開く。
「私が正気を失ってからどれほど経った?」
王妃が驚いて跳び跳ねるように王から体を離す。
「陛下」
***
評議会が開催されていた。大法官、大蔵卿、密偵頭、近衛騎士団長といったおなじみの面々は着席していたが、元帥の席は空いている。
クラレンスが一同を見回し、咳払いをひとつしてから、話しはじめた。
「さて、国王陛下のご病状も芳しくなく、元帥閣下もご不在だ。この難局を我々一同で力を合わせて乗りきりたい。陛下が執務不能になられてから、すでにひと月以上経つ。これ以上の政治的空白は避けねばならない。ただちに摂政を置くべきだと考える」
大蔵卿が立ち上がり、猿芝居をはじめる。
「以前にも申し上げましたが、適任者は大法官閣下をおいて他に見当たりません。どうか摂政に就任し、我々をお導きください」
「今なら可能だ。大法官が摂政になることは不可能だが、私が大法官の職を辞任すれば可能だ。その場合、摂政の指名権は元帥閣下にあるが、今は非常事態に対応するため不在だ。となれば、代理として大蔵卿であるディミトリ殿が指名するのが序列上の道理。私を指名されるのですか、ディミトリ殿」
「はい。閣下を指名したく存じます」
酷い茶番だが、露骨に反対を口にする者はいない。近衛騎士団長のマチスは不満顔だが、口には出さない。密偵頭のモーゼフはいつものとおり表情を変えない。クラレンスは一同を見回してからわざとらしくため息をつく。
「この身にはあまりに重い任だ。本当に他に適任者はいなかったのでしょうか、ディミトリィ殿?」
「はい。あらゆる人物を検討しました。この国にとって最良の選択は、閣下をおいて他にはないかと」
「ううむ。あまりに重い任だ。しかし誰かが担わねばならぬ重荷だ」
「どうでしょうか。他の意見が無ければ満場一致ということでクラレンス殿を摂政に……」
そのとき突然扉が開いた。
盲目のモーゼフを除いた一同の視線が扉に集中した。皆が目を疑った。扉を開いて入ってきたのは紛れもなく国王ライオネルその人だった。
***
シオンは監獄に守衛の靴音が響くのを聞いていた。音は遠くから近づいてくる。あの音が来てこの扉の前で止まったら、守衛は俺の命の終わりを告げるだろう。そして俺は処刑場に引かれていくだろう。
(本当にここで死ぬのか?まだなすべきことは山ほどあるというのに)
靴音がもう近くまで来ている。シオンは目を瞑って靴音が通りすぎることを祈った。
しかし無情にも靴音はシオンが幽閉されている牢獄の前で止まった。守衛が鍵を使って扉を開く。
一か八かの賭けに出るしかない。守衛に襲い掛かるわけではない。素手で襲い掛かっても返り討ちにあうだけだ。
喋ってしまうのだ。そうすれば生き残れる可能性があるかもしれない。扉が開いて守衛が姿をあらわすと、守衛が口を開く前にシオンが叫んだ。
「聞いてくれ!信じられないかもしれないが、俺は前の王サルアンの嫡子、ウェンリィだ」
シオンは一気に喋ってしまうと、守衛の様子を見た。
守衛は一瞬戸惑った様子をみせたが、やがて笑いだした。
「はっはっは! そうきたか。意表をつかれたよ。大抵の死刑囚は処刑が近づくと俺は無罪だとわめくが、まさか、先王の子だなんて言い出すとはな!」
守衛の反応は予想の範囲内だった。突然こんなことを言い出しても信じてもらえるわけがない。証拠が必要だ。
「信じられないかもしれないが、この傷を見てくれ」
シオンは服をたくし上げようとするが、守衛が制止する。
「わかったから、もうやめてくれ。俺の手を煩わせるな」
「本当なんだ!これを見てくれ」
守衛はシオンがなおも服をたくし上げようとするのともみ合っていたが、やがて面倒になったようでシオンを手で押して言った。
「処刑じゃねえんだよ」
シオンの動きがぴたりと止まる。聞き間違いか?守衛が続ける。
「ライオネル陛下が回復され、大法官の裁定はすべて取り消しにされたんだ。お前への裁定もな」
シオンが疑いのこもった眼差しで守衛を見つめていると、守衛が説明する。
「俺か? 俺はお前を大部屋に移しに来ただけだ。処刑場へ引いていくためじゃない。ほら出ろ」
シオンは躊躇したが、結局守衛に引っ張り出された。シオンはまだ半信半疑だったが、連れて行かれる方向は、外ではなく奥だ。処刑場に行くわけではないのは本当のようだ。そして大部屋の前まで連れてこられると、ようやく守衛の言ったことが本当らしいと確信でき、シオンは安堵した。その様子を見て取った守衛はにやにやしながら言う。
「処刑じゃなくて喜んでいるところ申し訳ないが、悪い知らせだ」
「そこじゃお前みたいな優男は十日と持たず息絶える」
シオンは背中を押され、大部屋の中に倒れ込んだ。守衛は素早く扉の鍵を閉め、
「せいぜい仲良くやりな」
と言い残して去っていった。
シオンが顔をあげると周りには体躯のよく、凶暴な顔つきの男たちがにやつきながらこちらを見ていた。
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