第14話 砦
「援軍はまだか?」
野営地でヴィドーが傍らの騎士に確認をする。確認はこれで何度目になるだろうか。
「援軍どころか、王都からは連絡もありません」
クラレンスは何をしている?一体いつまで待たせるのだ。
ヴィドーはガーハート湖の南東、デュランの大軍に包囲された城から一定の距離を置き、野営地を築いた。援軍が近くにやって来たことで城の守備兵の士気は上がったと思うが、この兵力では救援には行けない。
デュランの攻城軍は一万ほどの規模だ。元帥の手持ちの兵は二千に過ぎない。援軍が来なければ、単独ではまったく太刀打ちできない。だが、ここでデュランを牽制するだけでは、状況を打開できない。城の守備兵も、近くまで来ておきながら眺めているだけの我々に早晩落胆し、士気を落とすだろう。このままでは城が落ちるのを指をくわえて見ているだけになる。
ヴィドーはやむなく方針を変えることにした。
「軍を動かすぞ。まずは湖南西の砦に軍を入れる」
湖南西の砦はデュランからは攻めにくい場所にある。砦は湖を挟んで南西側に位置している。そこを落とさなければ、湖から船で湖南東の城へ補給が可能だ。さらには城の守備兵を増援することもできる。
そこの守りを固めればデュラン軍による湖南東の城の包囲は完成しない。デュランは水軍が弱点だ。湖に大規模な水軍も持っていない。不凍港を持たないデュランでは造船技術も海軍も発展しなかった。それに比べれば王国の造船技術は高い。その技術で湖の水軍を強化してきた。デュランが水上封鎖を図っても打ち破ることは難しくないだろう。
援軍が来るまでは城を解放することはできないが、補給と増援で時間を稼ぐことはできる。
「全軍、湖南西の砦へ向かう。王都へは早く援軍を送るよう再度使いを出せ」
***
大法官の執務室でクラレンスが執務をこなしていると、近衛騎士団長のマチスがやって来た。
「閣下、諸侯の援軍がまだヴィドー殿の軍に合流していないようです。諸侯への援軍要請に何か手違いがあったのでは? 急ぎ諸侯を促さなければ」
「諸侯への援軍要請などおこなっていませんよ」
クラレンスが視線を手元に落としたまま平然と言ってのけた言葉にマチスが唖然する。
「な……それでは……」
「元帥閣下の力量を信じましょう。諸侯へ軍役を課すには慎重を期さねばなりません。諸侯の不満の主要因は軍役ですから。陛下の許諾無しにはできません」
「しかし……」
クラレンスが顔を上げた。
「マチス殿。政局を読みなさい。今、誰に味方するのが得か、よく考えるのです。王宮にいない男に味方すべきですか? 貴方ほど聡い方ならわかるはずです」
***
ヴィドーの軍は湖南西の砦に近づいてきた。森の中の砦である。砦の外壁がみえてきた。ある程度近づいたところでヴィドーは行軍を停止させた。
城壁から兵士がのぞく。ヴィドーの傍らにいた騎士が前に進み出て手を挙げて報せる。相手も手を挙げて応える。
「王都から来たヴィドー元帥の軍だ。砦に入れてくれ。兵数は約二千」
騎士が大声で伝えると、要求は伝わったようで相手ももう一度手を挙げて応える。相手はいったん奥へ引っ込んだ。上官に確認を取りにいったのだろう。ややあって相手が戻って来て言った。
「承知した。全軍受け入れる。近づいて来い」
軍が城に近づきはじめた。ヴィドーはふーっと息を吐いた。もうすぐ門を開けてもらえるだろう。王都からずっと強行軍だ。兵士たちの疲労の色も濃い。これで兵士を一休みさせられる。ヴィドー自身も疲れを感じていた。明日は湖に船を出して城へ補給に向かわせねば。その段取りをつけるまでは休めない。
ヴィドーはふと違和感を感じる。砦の城壁の上には兵士が数人が顔を出しているだけだ。砦に駐屯している守備兵は少ないし、違和感の要因はそれではない。門がなかなか開かれないのも不自然ではない。今は戦時だ。普段より慎重になっているだろう。もっと近づいて確認を取ってから開くつもりだろう。しかし何だこの違和感は。
「待て。何か様子がおかしい」
ヴィドーが口にした途端、砦の城壁に一斉に顔が出てくる。城壁全体に顔が並ぶ。弓兵だ。その装備はドーラのものだ。西の砦はドーラに落とされていた。
「騙し討ちだ! 頭上に注意!」
ヴィドーが叫ぶが遅かった。矢が横殴りの雨のように飛んでくる。防御が間に合わなかった兵士たちが矢を受け、あちこちで倒れる。
「退け! 王都へ退却する!」
ヴィドーは号令を出し、馬を返して城から離れる方向へ駆け出す。部下たちも続く。退却をはじめたところで、前方の左右の森から矢が飛んできてさらに多くの兵が倒れる。そして森から敵があらわれる。
「伏兵だ! 待ち伏せされていた!」
「敵に囲まれている!」
味方は次々と討ち取られていく。
「閣下! 城門が開きます!」
背後で城の門が開きはじめた。準備万端の騎馬隊が獲物の虐殺を待ちきれない様子で門が開くのを待っている。そして騎馬隊が飛び出してきた。
「閣下!お逃げください!」
ヴィドーが振り返ると、その視界には、部下たちが一方的にやりで突き殺され、
倒れたところに剣で喉を掻き切られる情景が広がっていた。
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