第16話 雑草刈り
クラレンスとマッセムが王宮の中庭で密談をしている。クラレンスはため息をつく。
「まさか陛下が回復されるとは……閣下も摂政の地位にあと一歩だったというのに」
「私が出した判決もすべて取り消されました。あのシオンという小僧の処刑も白紙になってしまいました」
「これからいかがいたしましょう?」
「……事態は我々の思い通りには運びませんでしたが、いま打てる手は打つできでしょう」
クラレンスは中庭の花を眺めながら言った。
「美しい花々ですね。ご婦人たちの心を癒しているでしょう。園芸にご関心は?」
「いえ、あまり詳しくは」
「詳しくない方は、花なんか土に植えて水をやっておけば勝手に育つと思いがちです。しかし、こうして美しい花々が健やかに育っているのは、庭師が仕事をこなしているからです。彼らは驚くほどこまめに害虫を取り除き、雑草を刈っています。たゆまぬ、徹底的な処置によってのみ、このような見事な花が開くのです」
マッセムは、大法官が何を言おうとしているのか掴めず、怪訝な顔をした。クラレンスがマッセムのほうを振り返り、険しい表情になって話を続ける。
「雑草を甘くみてはいけません。雑草は土から栄養を奪い、美しい花を枯らせます。雑草がはえはじめたらすぐに処置しなければなりません。奴らはあっという間に根を張り、日に日に厄介になっていきます。慈悲をかける必要はありません。徹底的に絶やすのです。さもなければ奴らはすぐに再生します。処置するなら早く、やるからには徹底的にです」
ここに至って、マッセムは相手が何を言おうとしているのか了解した。大法官がマッセムの覚悟を測るようにその眼をのぞき込んでくる。
「あの小僧も含めて、独居房の囚人が大牢に移されたそうですね。大牢の中では囚人同士の喧嘩が頻繁に起こるとか。死人が出ることも日常茶飯事だそうですね」
「私にお任せください」
マッセムは胸を張って答えた。
***
休憩中、サキはエリクと近衛騎士の詰所で雑談していた。実直な男で、彼を情報源として利用するのは気が引ける。だが、他によい情報源があるわけでもないので仕方なく水を向ける。
「そういえば、あんたが近衛騎士団に入ったのは9年前だから、11年前のあの夜のことは知らないんだな」
「11年前って、謀反の夜のことか? そのときは故郷の領地で吞気に生活していたガキだったから、王宮で起こったことは人づてに聞いただけだ。謀反の知らせを受けて、うちの親父はすぐにライオネル陛下に忠誠を誓ったよ。君主がサルアン様からライオネル陛下に変わっただけで生活には影響なかったから、何の実感もなかったな。サルアン様にもお会いしたことはなかったしな」
「近衛騎士のケネスという男を知っているか?」
「ああ。あまり親しくはないがな。北側の城壁を警備しているやつだな。たしか、母親が死んでから近衛騎士団に入った男だ。剣の腕は……よくない。貴族の子息じゃないそうで、なぜ彼が近衛騎士団に入れたのかはよくわからない。ケネスがどうかしたのか?」
「いや、ちょっと仕事の関係で関わっただけさ。彼には近衛騎士の中で特に親しいやつはいるのか?」
「ヘイルっていう素行の悪い近衛騎士がいて、昔はよくそいつとつるんでいた。最近になってヘイルに賭けで大勝し、その貸しでヘイルとの間にもめごとがあったようだ。今は仲たがいして互いにいがみ合っている」
「そうか……」
***
マッセムは地下牢へ来た。“雑草刈り”を依頼している男に話しかける。
「下見は終わったか?」
「ああ」
「やる相手はちゃんと分かったか?」
「ああ。任せておけ」
「確実にやれるだろうな?」
「俺が今まで何人やってきたと思っている?丸腰の優男を不意打ちでやるんだ。こんな簡単な仕事、しくじるわけがない。それより本当なんだろうな?」
「ああ。この仕事をやりおおせたら、お前には必ず恩赦が与えられる。出るときには幾らか金も用意しておこう。さあ、仕事にかかってくれ。これが仕事道具だ」
マッセムは布に包まれたものを男に渡す。男がそれを受け取り、包みを解くと、中からあらわれた銀色の刃が鈍く光った。
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