第11話 国王
サキたち三人が王女の護衛になってから数日が過ぎた。王宮内での武装も特別に認められ、護衛の体制は二人が王女のそばに付き護衛し、一人ずつ順に休憩を取ることとなった。もちろんそれは表向きの話で、休憩中の一人は王宮内のあちこちで情報収集を行う。目的は王の病状を知ることだが、それにつながる可能性がある情報は何でも拾っていく。
昼過ぎに王女の寝室の前でサキとジェンゴが見張りをしているところに、ヴァンがやって来た。ジェンゴが壁にもたれかかりながら聞いた。
「何か面白い話はあったか?」
「侍女や廷臣たちが噂をしているのを耳にはさんだのだが、王妃は国王の子を身ごもっているらしい」
「ほう」
「王太子殿下が乗った馬車が賊に襲われた件だが、あれは偶然だったのか? 口さがない連中はこうも噂している。アデレードは国王の子を身ごもった。もし男児なら王位継承者だ。親なら自分が腹を痛めて生む子に王位を継がせたいという欲が出るはずだ。だが、そのとき邪魔になるのが、前王妃の子の王太子ハンスだ。今回ハンス殿下とティアナ殿下が北の街に視察に行くことになったのは、そもそも王妃の発案だったらしい。治安のよい道を行くので、護衛も最小限だった。その治安のよい道で、今回に限って賊が待ち伏せをしていた。偶然にしては出来過ぎている。だから、陰謀論を唱える者は、王妃が賊を雇って王太子を襲わせたんじゃないかと噂している。王太子を亡き者にすれば我が子を王にする道がひらかれるからな」
「ふうむ。なかなかややこしそうな所に来ちまったな」
「その噂話の真偽はともかく、色々と調べることがありそうだ」
ジェンゴがサキのほうを向き、話題を変えた。
「ところでこないだのアレは、敗者にかける言葉としては無神経じゃないか?」
サキがエリクとの立ち合いに勝利した後、エリクに手を差し伸べながら「これからはともに王女を守る仲間だ。あんたは頼りになりそうだ。よろしく頼む」と言ったことだ。今思えばたしかに無神経だった。結局あのときエリクはうつむいて手を握らなかった。
「おや、噂をすれば、だぜ」
ジェンゴが顎をしゃくるほうを見ると、エリクが歩いてこちらに向かってくる。エリクはサキの前まで来て言った。
「その……こないだは握手を拒絶してすまなかった。仲間として、こちらこそよろしく頼む」
そう言うと、エリクは手を出した。こいつは剣筋だけでなく、中身も素直だなと、サキは思った。サキは差し出された手を握った。素直な男を利用することに少し心が痛んだが、情報収集は仕事だ。色々としゃべってもらう必要がある。サキは当たり障りのなさそうな身の上話からはじめた。
「ところで、あんたはどういった経緯で近衛騎士団に?」
「 ああ。俺は地方の貴族の次男坊でね。9年前に16歳でここに出されたんだ。近衛騎士っていうのは大抵が貴族の次男や三男だ。爵位や領地は長男が相続するから、次男や三男には何も残らない。子供がふらふらしているのは家の不名誉だ。近衛騎士ならそれなりに名誉もあるし、やり場に困った息子の片づけ先にはうってつけなのさ。片付け先に困った親が次男や三男をぶち込む先が近衛騎士団ってわけさ。俺は体が丈夫だったし、剣術も得意だった。ここに来て本格的に鍛錬したら一端の騎士になれた。あんたには負けちまったけどな」
エリクは自嘲して笑った。
「俺は良いほうだが、近衛騎士には財産を相続できない立場に不満を持ち、鬱憤がたまって腐った連中も多い。この国でもっとも栄誉ある騎士団としては情けない話だが」
会話が途切れたところで、まどろっこしいのが苦手なジェンゴが目的地に直線で向かうような話題の変え方をする。
「噂で聞いたんだが、王様は病気なんだって?」
「ああ。そうらしいな。俺も詳しくは知らない。陛下の病状については陛下の近習と評議会の連中だけが知っているんじゃないか」
「俺たちは王様に仕える身になったわけだろ? 一度くらい新しい主の顔を拝んでおきてえな」
「陛下は王宮の奥にこもっておられる。普段は会えないさ。王宮の奥には近衛騎士でも一部の人間しか入れないからね。もし陛下のお姿を見られるとしたら、王族用の中庭の散歩のときくらいかな。ティアナ様が中庭を散歩されるときだけは、護衛も特別に王宮の奥に入れるからな」
サキとジェンゴが顔を見合わせる。
「とにかくこれからティアナ様を頼む。優しくて思いやりのあるお方だ」
エリクはそう言い残して立ち去った。
エリクが去った後、少し間をおいてから、サキはさりげなく部屋の中の王女に提案してみる。
「殿下、今日は天気が良いです。気晴らしに中庭の散歩などいかがでしょうか? 王宮の奥には美しい中庭があるそうですね」
部屋の中からティアナが出てきた。
「中庭の散歩? そうね。しばらく行ってなかったけど、久しぶりに行ってみようかしら。サキ、ついてきてくれる?」
「お供します」
サキがヴァンとジェンゴに目配せする。ここまではうまくことが運んだ。運がよければ中庭で王の様子をみることができるかもしれない。そうすれば王の病状について、外から見た様子だけでも報告できる。
***
その少し後、ヴィドーがシオンをつれて、王宮の奥にある王族用の中庭に来ていた。色とりどりの美しい花々が植えられた瀟洒な中庭だ。中庭の中央に向かいながら、ヴィドーはシオンに言い含める。
「ここには一部の人間しか入れん。お前も国の中枢に来たのだから、国状をよく知っておく必要がある。これからアルヴィオンの最重要機密を見せる。ここで見ることは決して他言してはならない」
同時刻、サキとヴァンもティアナの護衛として中庭に来ていた。彼らはヴィドーとは反対側から中庭の中央に近づいていく。歩きながらティアナはサキとヴァンに注意する。
「ここで見たことは外では絶対言ってはいけないことになっているの。秘密を守ってね」
それぞれ中央に近づき、サキとシオンは、それぞれ反対側から中庭中央の休憩所を眺める形になり、その異様な光景を目撃した。
中央の休憩所には王妃が座っている。その隣には髭を生やした中年の男が座っている。王妃はその男の膝に手を置いている。異様なのはその男が半裸であり、素手で持つ肉に一心不乱にかぶりついていることだ。明らかにその男は狂っていた。
当惑しているシオンにヴィドーが言った。
「あの方がこの国の王、ライオネル陛下だ」
***
大法官の執務室の中、先日の評議会でやり込められたことを思い出し、クラレンスは怒りを抑えられずにいた。
「あの若造が。邪魔をしてくれおって」
あの元帥の助手の顔が浮かんできてしまって、胸がむかむかしてくる。インク壺を手に取り、壁に投げつけた。そこへマッセムが訪ねて来る。
「お怒りのようですね」
クラレンスにとっては政敵の息子だ。表情に警戒の色が浮かぶ。
「元帥閣下のご子息が私に何のようです?」
「閣下のお怒りの原因と関係がある話をしにきました。どうか私の話を聞いてください。ある男のせいで理不尽な目に遭っている不幸な私の話を」
「ある男?」
「はい。父の助手になった男です」
クラレンスがマッセムの言葉に興味を持つ。
「どういうことか詳しくお聞かせいただけるかな?」
「あの忌まわしい男によって、私の地位や未来が脅かされているのです。貴方と同じように。私には牢番の友人がいます。その友人は私に借りがあり、頼みごとができる。そして貴方は大法官です。陛下が執務不能のいま、陛下に代わって裁きを下す権限があります。共通の敵を排除するために、我々には協力しあえることがあるのでは?」
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