第9話 帰還

 サキたち一行は王都に着いた。


(十一年ぶりか)


 サキの脳裏にあの夜のことが蘇る。サキを物陰に隠す母。その母を追いかけていく男たち。


「どうした?」


 ジェンゴに声をかけられて我にかえる。


「なんでもない」


 一行は街の中を通り抜け、王宮の前まで来た。王宮の門番に副長が事情を説明し、サキらを中へ通すように言った。


 王太子、王女、近衛騎士たちに続いてサキらが王宮に入ろうとすると、門番が行く手を遮って手を出して言った。


「ここから先、武器は預からせてもらう。王宮内で武装が許されるのは、貴族と衛兵、近衛騎士団のみだ」


 サキがヴァンの顔をみると、ヴァンはうなずいた。サキ達は門番に従って武器を預ける。


***


 サキ達は謁見の間に通され、王妃アデレードに謁見する。サキも王妃の素性について情報は事前に得ている。アデレードは国王ライオネルの後妻で、数年前にライオネルの妃となった。ティアナとハンスは前妻の子である。前妻が病気で亡くなると、廷臣のクラレンスがアデレードをライオネルに引き合わせ、アデレードがその美貌と色香を武器に国王を誘惑したという。アデレードが王妃になると、クラレンスは瞬く間に出世を果たし、大法官の地位を得た。そのため彼は女を使って出世した男と陰口を叩かれている。


 王妃が一行をみまわして礼を述べる。


「事情は聴きました。そなたらが王太子と王女を救ってくださったのですね。礼をします。なにか望むものはありますか?」


 ティアナが割って入った。


義母上ははうえ、お願いがございます」


「なんです?」


「この者達を私の護衛にしてください。この者たちの望みは職を得ることです」


 王都までの道中、ティアナに望みを問われたサキが彼女に話したことだった。自分たちから申し出るより、王女の口を借りたほうが望みは通りやすい。


「腕はたしかです。護衛達では手におえなかった賊をしりぞけました。それに、男の人に終始べったりされるのは前々から何とかならないものかと思っていました。女には男の人に立ち入っていただきたくない領域がありますでしょう? 彼女ならそんな心配はいりません」


「たしかに、今回の件で負傷したものもあり、護衛に欠員が出ている」


 あわててミゲルは弁明する。


「あの道は賊の住処から遠く離れています。あの道で賊が現れることを想定できませんでした。あの道は治安がよいから護衛の数も最小限にしたのです。精鋭も王宮に残していましたし。もっと万全の体制であれば、あのような失態は決して起こりませんでした。近衛騎士団にはもっと腕の立つ者もおります。」


 そこで、サキが申し出る。


「ではこうしてはいかがでしょう。その腕の立つ者と私がこの場で立ち合い、私が勝ったら私たちを護衛として取り立てていただくというのでは?」


「面白い」


 提案に王妃は興味を持ち、ミゲルに命じる。


「ミゲル副団長、お前のいうもっと腕の立つ者をこれに」


 ミゲルは少しの間の後、ある騎士に声を掛けた。


「エリク」


「はっ」


 居並ぶ騎士の中から、エリクと呼ばれた騎士が進み出てくる。騎士は栗色の短髪を刈り上げた端正な顔立ちで、体格はがっしりとしている。


「お前が相手をしろ」


「はっ」


***


 急遽行われることになった立ち合いは木剣を使うことになった。サキは形や大きさが異なるいくつかの木剣から選ぶように細身の木剣を選んた。エリクはその剣よりふた回り大きい木剣を選択した。


「両者の健闘を期待する。はじめよ」


 王妃の一声で立ち合いがはじまった。


 王妃のサキは対峙した相手を観察する。このエリクという名の騎士は、恵まれた体躯で、正面から打ち合えば簡単にはじき飛ばされるだろう。

 

 にらみ合っている両者を眺めながら、ミゲルは表情に出さないように努めていたものの、つい口元が緩んだ。エリクは近衛騎士団の中でも随一の実力者だ。馬車が賊に襲撃されたときも、もしエリクが同行していればあんな窮地に陥ることはなかった。あの女はたしかに腕が立つが、さすがにエリクの相手ではないだろう。これであのよそ者たちに名誉ある王女の護衛役の地位を奪われることもないし、自分の顔も立つ。


 両者はにらみ合いながらしばらく相手の出かたをうかがっていたが、エリクが先に動いた。エリクはまずは小手調べとばかり浅く木剣を打ち込む。女は後退して紙一重でかわす。


 (ほう。そこそこ動けるようだな)


 エリクは相手の眼の良さと素早さに、素直に感心した。今度は少し本気を出し、横なぎに木剣を振る。サキは紙一重の絶妙の間合いで避ける。今度は剣を返して反対から振る。間合いと剣の速度からして今度はとらえた手応えがあった。が、再び紙一重の差で空を切る。


 女が逃げ回るのが得意なのはわかった。エリクは横目でちらりとティアナを見た。王女は息を飲んで立ち合い見守っている。エリクは実のところ密に王女に想いを寄せていた。あの方の目の前で空振りを続けるような無様なことはできない。もう手は抜かない。ここからが本番だ。


 エリクが連撃を仕掛ける。サキはその一連の攻撃をひらりひらりとすべてかわす。しかしエリクにも計算があった。巧妙にサキの動きを制限し、サキを壁際に追い詰めた。


 (逃げ場は断った。もらった!)


 サキはエリクの最後の横なぎの剣を見切って腰をかがめてかわした。木剣はそのままサキの背後の壁に当たり、はじかれる。「くっ」エリクの口から声が漏れる。


 その一瞬の隙に、横へ回ったサキはエリクの首元に木剣を突きつけていた。


「ま、待て! 今のは」


 そこまで言ってエリクは言いかけた言葉を飲み込んでうつむいた。勝負あったのだ。こちらの攻撃を幾度もかわされてむきになってしまった。頭に血がのぼり攻撃が雑になってしまった。不覚だったとはいえ勝負に二度目はない。これが連中の策略だったのだ。相手が男ならこんな油断はしなかった。あえて女を出すことでこちらを油断させ、攻撃をいくつかかわせば頭に血をのぼらせて隙ができる。そこを突かれた。相手の策にまんまとはまってしまったのだ。


 ほかの者が口を開く前にサキが挑発的な笑みを浮かべながら予想外の言葉を吐いた。


「今のは相手が女だから油断されていたのですね。ではもう一戦、やり直しましょうか?」


 エリクは思わず顔をあげた。エリクは立ち上がって構えた。助かった!なぜか分からないが、相手は策で拾った勝ちを捨てた。二度と油断はしない。今度は慎重に、最初から本気で戦う。しかし女はなぜ勝ちを放り出した?わからないが、とにかく相手がこの再戦を撤回する前にはじめてしまうべきだ。エリクは木剣を縦に振り下ろす。やはりかわされるが、今度はそれを予測して深く踏み込んではいない。すぐ次の動作に移れるところに重心を残してある。


 次は深く踏み込んで剣を振り下ろす。これはかわし切れないはずだ。しかし剣は空を切り、サキは視界から消えた。エリクは膝の裏に重みを感じる。それが支えきれなくなり、体勢が崩れて片膝をつく格好になる。そして首筋に冷たいものを感じる。サキがつきつけた木剣だ。膝の裏を足で蹴り押されたのだ。


「お見事!」


 王妃もティアナも立ち上がって手を打った。


「決まりね」


 王妃がミゲルの顔を見た。ミゲルはうつむいて屈辱に耐えていた。エリクもうなだれている。


「あんたは優れた剣士だ。力も技量もたいしたものだ。だが剣筋が素直すぎたな」

 

 サキがひざをついているエリクに手を差し出す。


「これからはともに王女を守る仲間だ。あんたは頼りになりそうだ。よろしく頼む」

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