第8話 襲撃

 元帥の執務室で、ヴィドーはシオンに評議会の現状を説明していた。


 評議会は、国王、元帥、大法官、大蔵卿、近衛騎士団長、密偵頭から構成される王の諮問機関である。現在、王が病に臥せっており、評議会が王に代わって国の行政を担っている。


「陛下が病気で臥せっておられる間に増長しているのは大法官のクラレンスだ。彼を止めたい。大蔵卿であるディミトリィは政治的な信念を持ち合わせてはいない。その時々で権勢のある者にすり寄るだけの男で、今はクラレンスの太鼓持ちだ。密偵頭のモーゼフは中立だろう。評議会で我々の味方になるのは近衛騎士団長のマチスだけだ。もっとも、味方といっても今は利害が一致しているだけで、利害関係が変わればどうなるかわからない。野心旺盛な男だから注意が必要だ」


 ヴィドーがシオンに対して熱心に説明する様子を遠くから眺めながら、マッセムは歯ぎしりしていた。あの男が急にあらわれてから、父が自分に対して一段と冷たくなった。あの男は両親を失ってさまよっていた幼少のころに、レナードに拾われて育てられたという。


 家柄も分からぬ出自不明の男。両親も卑しい身分に違いない。そんな男をなぜ父はあんなに厚遇するのか。多少の教養や弓の心得があるようだが、それがどうしたというのだ。

 

 あの男の後ろ盾になっているレナードにしても、自分からみれば田舎の小貴族に過ぎない。


 あの男に王宮を案内し、笑いかけ、褒める父。あれではまるで、実の息子に接するようではないか。自分が向けられた父の顔はといえば、いら立つ表情やため息をついている顔だ。父は俺を憎んでいるのだろうか。


***


 ヴァンを先頭に、サキ、ジェンゴが馬で王都へ向かう道を南に進んでいる。丘を登ったところで、ヴァンが何かを認めたようで、合図を出してサキとジェンゴを止める。

 

 丘から見下ろすと、賊に襲われている馬車の一団があった。馬車を護衛している騎士たちが賊に襲われている。六人の騎士が馬車の周りを固めていたが、一人はすでに負傷して倒れている。賊の数は二十人ほどで多く、騎士たちを取り囲んでいる。騎士たちは明らかに劣勢だ。


 ジェンゴがヴァンに聞く。


 「どうするよ? 俺たちには関係ないことだし、厄介ごとに巻き込まれるのは面倒だ。無視するか?」


 しかし、サキが騎士らが担いでいる盾の紋章に気付いた。


「あの盾の紋章は、アルヴィオンの王家の紋章だ」


 ジェンゴがサキをみる。


「あの馬車に乗っているのは国王の親戚ってことか。じゃあ、俺たちの雇い主の敵ってことだろ。やっぱり見殺しにするか?」


「いや、依頼はあくまで調査だ。アルヴィオンの王家の者が死んでも、我々にとって一銭にもならない。我々の任務に何が最適な選択肢かを考えるべきだ。アルヴィオンの王家に恩を売れば、潜入が容易になるのでは?」


 サキはヴァンの顔をうかがう。判断はリーダーの仕事だ。


「決まった。馬車を助ける」


 ヴァンが決断すると、ジェンゴとサキはうなずいた。ジェンゴは嬉しそうに「よーし。ひと暴れできるぜ」と馬を駆って真っ先に飛び出していった。サキとヴァンも後に続く。


 サキとヴァンが馬上からそれぞれ放ったクロスボウの矢が、敵を確実に仕留めた。大剣を抜いたジェンゴが敵の中へ突っ込んでいって、すれ違いざまに賊を一刀両断する。さらに奥の一人の首をはねてそのまま集団を抜けていく。


 加勢があらわれて賊は戸惑った。動きが止まって勢いを失った。サキとヴァンも剣を抜いて敵に襲い掛かり、すれ違いざまに賊を斬り、そのまま交差して左右へ抜けていく。それをみた騎士たちが態勢を立て直し、反転して攻勢に出はじめた。ジェンゴ、ヴァン、サキは集団から離れた位置まで来ると馬を操って方向転換する。


 サキは馬車から女が顔を出してこちらを見ていることに気付き、目が合う。騎士の一人が、女が顔を出しているのに気付く。


 「王女様! 危ないですから顔を出さないでください!」


 そういいながら騎士は賊と剣を交わす。賊の一人が女を引きずり降ろそうとする。そこにヴァンが駆けつけ賊を斬り倒し女を助ける。賊は勢いを取り戻した騎士たち気圧されはじめた。戦況が逆転した。


 反転したジェンゴが馬を駆って再び敵中に飛び入り、賊の首をはねる。さらにそのまま乱戦に加わる。別の敵と数合打ち合って圧倒的な腕力で押し切って斬る。反転したサキとヴァンが馬を駆って左右から突撃し、それぞれ三人目を仕留める。


 ジェンゴが四人目を斬ったころ、騎士たちも目の前の敵を圧倒しはじめた。賊のひとりが戦意を失って遁走すると、それをみた賊たちもたちまち全員が戦意を失って逃げはじめた。


 騎士がそのうち一人に飛びかかって組み伏せる。そこへ他の騎士二人が乗っかり三人で賊を押さえつけ縛り上げてしまった。


 安全が確保されると、馬車から若い女と、少年といってよいくらいの若い男が下りてきた。騎士達の長らしき年配の者がヴァンたちに礼をいう。


「助太刀に感謝する。私はアルヴィオン近衛騎士団・副団長のミゲルだ。そしてこちらはアルヴィオンのハンス王太子殿下とティアナ王女殿下だ」


 ヴァンたちは息を飲む。まさか王太子と王女とは。


「そなたらは?」


 ミゲルの問いにヴァンが答える。


「旅の武芸者です。用心棒などを稼業にしています」


 ティアナが興奮気味に口を挟む。


「すごくお強いのですね! 命を救ってくださった方々にお礼をさせてください。どちらへ行かれるのですか?」


「仕事を探しに王都に向かっていました」


「それはちょうどいい! 共に王都へ参りましょう。王宮でお礼をいたします」

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