第5話 雪の夜

 美咲は公園のベンチでまた溜息をついた。黒いコートの上に、茶黄色の紙がついていることに気付く。指でつまみ上げて、じっと眺めた。赤いペンで”稿”という文字がある。それは両サイドに赤い線が引かれていた。

 香澄から預かった新人賞応募の封筒だ。

 美咲は息で飛ばす。紙の破片は風に乗り、すぐ消えていった。彼女は小さく笑って俯く。

「どっちでもいいよ」

 そう言われて渡された原稿用紙。内容は香澄の得意なファンタジー小説だった。人嫌いの魔術師カスミと新米助手ミサキの物語。助手に導かれるまま魔術師は人を知り、世界を知り、魔術についても詳しくなる。そんなストーリーだった。

 丁寧な心情、美しい風景、そして自身の嫌っていたものも魔術と同じだとカスミは気付き、ミサキに感謝するシーンはほろりと泣いてしまった。授業中読み、原稿用紙に落とした涙を慌てて拭ったりした。

 けれど美咲はそれを郵便ポストには入れることが出来なかった。封筒ごと破り、ポストの前でばらまいたことを思い出す。胸がぐらりと沸いた。同時に「どっちでもいいよ」の声が頭に浮かぶ。

「ちょっとやりすぎちゃったかな?」

 はははと軽く口を開く。乾いた笑い声は続かず、美咲は俯いた。

心底、思っているような平坦な声。同時にちらつく汚れた手。美咲がベンチに足に乗せ、膝を抱える。頭を埋めて、ぽつりと呟いた。

「どうしてこんな適当に扱えるの?」

 努力の量、そしてできあがった作品の質。どちらをとっても美咲以上のものだ。それなのに「どっちでもいいよ」と言ってしまえる香澄の噛み合わなさが彼女には分からず、いつもいらついていた。

 もし香澄がプロだったら、全く別の存在だったら我慢できたかもしれない。だから新人賞の提案をしたのだ。

「じゃあなんで破っちゃったんだろう」

 ぽろりとこぼれる言葉。これじゃ自分自身が噛み合ってない。

 美咲は顔を上げて、街を見下ろした。無慈悲な白は街全体を平等に覆っている。

 それは美咲の嫉妬心も、凶行も一緒に隠していた。

 美咲の背後で雪がざっと鳴る。そういえば美咲は香澄に伝えていたことを思い出した。原稿を出さなかったこと、破り捨てたこと、そのどちらもメッセージアプリで送っていた。

 美咲が振り返ると、香澄は白い息を吐き出して肩で呼吸をしていた。

 すべてが覆われフラットになる雪の夜。美咲と香澄の視線はまっすぐ重なった。

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雪の白百合 書三代ガクト @syo3daigct

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