第4話 雪の朝
制服のスカートを蹴って、教室に向かうと、机に封筒が乗っていた。出版社の宛名が書かれた、A四サイズの茶黄色。表には応募原稿在中とあった。ひっくり返すと香澄の名前が添えられている。
美咲は小学生のときの約束を思い出した。彼女はちらりと教室の隅に目を投げて、香澄のもとに向かう。中学になっても香澄とは同じクラスだった。彼女はなぜかいつも窓際の一番後ろの席で、つまらなそうに肘をついている。
面白い小説を書くのに、自分の周りには興味がないみたいだった。ずっと自分の世界を見つめている。
「なにこれ?」
茶封筒を掲げて聞くと、香澄はちらりと一瞥した。重く目を隠した前髪から冷たい光が覗く。
美咲の跳ねた胸も無視して、また窓の外に目を向けた。
美咲も彼女を追って外に視線を投げた。粉雪がちらつく冬の風景。天気予報によれば夜にかけて雪は強くなっていくらしい。
「どっちでもいいよ」
あまりにも言葉足らずな答え。自分自身のことさえも切り捨てるような声色に、美咲はいらっとして胸がぐらっと沸いた。小さく息を吸って、鎮める。
いつもそうだ。香澄と接していると、自分がおかしいような錯覚に陥ってしまう。合わない視線と、噛み合わない会話。一緒にいても、正面に立っていても向き合っている感覚はない。
私はただ小説のことを一緒に話したいだけなのに。
何度も浮かんだ想いは今日も言葉にならず、美咲の中に降り積もっていく。層をなしたそれは心のやわいところにたまって固くなっていた。
「とりあえず読んでみる」
美咲がそう伝えて、香澄の返事も待たずに席に戻った。椅子に座り、原稿用紙を机に置く。
通学鞄を下ろして、横にかけてからちらりと香澄を一瞥した。彼女は先ほどと寸分違わない姿で窓の外を眺めていた。
どうして目を合わせてくれないのだろう。
落ち込みそうな想いに溜息をついて、美咲は封筒の紐をほどく。中から原稿用紙を取り出して、机に置いた。視線を落として、文章を見つめる。
瞬間、教室の喧噪が消えた。
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