第3話 雪の夕方

 外は軽く吹雪いていた。

 危ないからという理由で、歩いて帰るのが禁止された放課後。親を呼んだ美咲は一人また一人と減っていく教室で待っていた。自分のノートを見つめ、綺麗に書かれた物語ににんまりと笑う。

 今日も面白いって、じゃあ、こうしよう。

 頭の中で物語を描いては、クラスメイトの反応を想像して静かに笑う。そんなことを繰り返していた。

 また出て行く友達にさよならを言って、彼女はスッと斜め後ろの席に目を向ける。香澄はまたノートに書き込んでいた。

 美咲はガタリと立ち上がり、香澄の前に立つ。顔を上げない彼女にいらっとして、その手元をのぞき込む。文章が書かれていた。

「それって小説?」

 驚きでいらだちも吹き飛び、美咲の声が裏返る。こんな近くに小説を書いている人がいるとは思わなかった。うれしさに胸が弾む。もっとちゃんとお話ししたいと思った。

 香澄は一瞬手を止めて、こくりと頷く。顔を上げない彼女にも美咲は興奮したまま、そのノートに目を落とす。文字の連なりを追ってその密度に驚いた。

「私、小説家目指しているんだ」

 弾んだ気持ちのまま、今まで誰にも言ってこなかった想いを伝える。けれど香澄は顔を上げない。美咲の勢いは少しだけ下を向く。顎を引いた。

「本気だよ」

 毎日、家についてからノートと向き合い、物語を考えていた。主人公が前を向くか後ろを向くか。何をさせるか、持たせるか。そんな小さなところを考えては書き連ねていた。夢中になりすぎて、宿題を忘れてしまうことも、夜更かししてしまうことも多くあった。

 それでも香澄が顔を上げない。

「読んでも良い?」

 香澄の肩がピクリと震えて、彼女は顔を上げた。臆病な前髪の向こうで、強い光が輝いている。美咲は思わず雪の結晶を思い出した。理科の授業で見た、独りでに輝く 冷たい光。香澄の目はそんな色をしていた。

「どっちでもいいよ」

 強い光とは裏腹に、投げやりな返答。香澄は腕を上げて、ノートからどかした。その手の縁が鉛筆で汚れているのを見ながら美咲はノートを取った。

綺麗な文字と鉛筆のかすで汚れたページ。手をつけながらずっと書いていたのだろう。見れば消しゴムの跡もうっすらあって、一文一文こだわって書いていることが分かった。

 自身の綺麗なノートが美咲の頭に浮かぶ。首を大きくを振って振り払い、彼女はぐっと読み始めた。

 物語はファンタジー。王制の街を舞台に、異種族との交流を描いた物語だった。時に優しく時に残酷な展開。読み終えてからほぅっと息を吐き、下唇を噛む。

 香澄に目を向けると、彼女は興味を失ったように肘をつき、窓の外を眺めていた。

 美咲も外の吹雪を眺める。そして雪と香澄の目が重なった。

 強く冷たい光。その目で見ている風景も、それを書き出す言葉も面白かった。

 美咲はまた香澄を見つめた。どうでも良さそうに顔を背ける彼女。その手が黒く汚れているのを見て、美咲はまたふつふつと胸が熱くなる。

 書いては消し書いては消しを繰り返しているノート。それでもどうでもよさそうな態度。

 そして「どっちでもいいよ」。

 その噛み合わなさに、美咲はパタンと少し乱暴にノートを閉じた。

 香澄が頭を上げて、ノートに目を向ける。特に何も言わず、手を差し出してきた。

 感想はいらないの? ノートのことは怒らないの? どうしてこんなものが書けるの?

 いろんな言葉が美咲の頭に巡り、それでも口からは出てこない。彼女はスッと向けられた手のひらに目を落とした。ペンダコがいくつもある。

「新人賞ださない?」

 美咲のいろんな思いが乗った言葉。香澄は首を傾けた。臆病な前髪がゆらりと揺れ、雪の光が覗く。

「どっちでもいいよ」

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