第2話 雪の昼

「美咲ちゃん、読ませて」

 それは小学生の美咲にとって一番嬉しい言葉だった。

 雪の降った日の十分休み。授業と授業の間にも美咲の周りにはクラスメイトが集まり、期待のまなざしで待っていた。美咲はまんざらでもなさそうに腕を組み、もったいぶってからピンク色のノートを差し出した。

 わあっと上がる歓声。受け取ったクラスメイトは急いでページをめくり、昨日から書き足された物語に目を通す。何人ものぞき込んで、後ろの男子はぴょんぴょん跳ねる。美咲は満足げに胸を張り、彼女たちの感想を待った。

「すごいよ、美咲ちゃん」

 ノートを捲っていたクラスメイトが頬を赤く染めて顔を上げた。ノートは別のクラスメイトの手に渡り、また感想が上がる。一つ一つに美咲は頷き、へへと笑った。

 美咲は小説を書いていた。毎日ノートに綴られていく物語はクラスで人気になっており、いつも続きを読ませて欲しいとせがまれる。彼女の物語を読んだクラスメイトは目を輝かせて、感想を聞いた美咲もうれしく、また放課後書き連ねる。そんな毎日だった。

 けれど、と美咲は目を鋭くして、窓際の一番後ろ、教室の隅をにらむ。外は雪が降り、結露した窓の横で、一心不乱にノートを取っている少女がいた。

 彼女、香澄(かすみ)は美咲の小説に興味を持たない。いつも休み時間は自分の机から離れずノートと向き合っている。

 国語の授業は板書が多い。美咲は教壇に目を向けた。ずらっと書かれた文章を眺めて、黒板端に書かれた自身の名前を見つめる。日直と書かれた文字に慌てて前に出た。

 彼女は机の間を縫って、黒板の前に立つ。くるりと振り返り、香澄を見つめた。けれど彼女はノートに目を落としたまま、鉛筆を走らせている。お下げが机にたれているのを見て、美咲は首を傾げた。

 もしかして板書じゃないの?何か書いているの?

 幼稚園もクラスも同じだった彼女に美咲は初めて興味を持った。どきりと胸が跳ねて、楽しく弾む。

 チャイムが鳴り、先生が教室にやってきた。美咲は慌てて黒板を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る