第13トイレ 嫉妬終了。お疲れさまでした。
注文した商品が続々と運ばれてくる中、それでも綾ちゃんは、やっぱり不機嫌そうだった。
触らぬ神に祟りなし。とはよく言ったもので、俺も先生も、それをよくわかっているから、余計なことはしないようにするんだけど……。
「あ、そう言えば私、図書室に行って、本を借りてみたんです。これを見てください!」
それをわかってない新米さんが、この会には一人参加してるんだよね……。
「あのさ運ちゃん。食事中に本を出すのはマナー違反じゃない?しかも借りた本でしょ?汚したらどうするつもりなのかな」
「え、ごめんなさい。そんなに怒られるとは思わなくて」
運ちゃんの俺の手を握る力が、少しだけ強くなった。
いやそういうリアルに反省してる感じの、ちょっとこっちが申し訳なくなるようなリアクションは、できればやめてほしかったし、こうなると、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「ど、どんな本なのかな~。先生としては、読書をする生徒って、褒めてあげたいところなんだけど~」
「どんな女の子もモテモテに!必勝恋愛マニュアルです!」
「ちょっとまって何それ先生にも見せてっていうか食べさせて?」
「落ち着いてくださいマジで。テーブルに手をつかない。身を乗り出さない」
ちなみに今更だけど、俺たち四人の配置は、俺の隣に運ちゃん。その向かいに先生と綾ちゃんという風になっている。多分こんなこと言わなくても、会話の流れでわかると思うけど、一応説明しておこう。
「先生。私、ドリンクも全種類飲みたくなってきたかもしれないわ。やっぱりドリンクバー付けてもらおうかしら」
「不機嫌が更新されてる!ちょっと針岡くん!なんとかしてよ!」
「そう言われてもな……。そうだ運ちゃん。その本の内容が優れていればさ、綾ちゃんもきっと機嫌直すと思うんだよ」
「え、えぇ?そんな単純な仕組みですか?そもそも私、この本借りただけで、まだ読んでないんですけど!」
「良い提案ね聖ちゃん。運ちゃんの生態を知る上でも、その腕前、拝見させていただこうかしら」
「ちょっとちょっと!もう!ただの女子高生向けのゆるふわな本ですよ?まともな情報なんか書いてあるわけないじゃないですか!」
「それはあまりに不適切な発言だと思うけど」
昨日生まれたばかりだからって、怖いもの知らずにもほどがあると思う。
「いいから。読んでみなさい。ほらほら。そんな本借りるくらいだから、よほど興味があるんでしょ?」
「うぅ~。興味はありますけど、音読するのは、ちょっと恥ずかしいです。だ、だってこれ、恋愛のテクニックとか書いてあるんですよ?」
「面白そうじゃない。ちょっと聖ちゃん。適当にページを選んで、読ませてみなさいよ」
「こ、こら神川さん。あんまりそういうの、無理強いしちゃダメだよ?先生として、ここはストップをかけさせてもらうから」
「先生、恋愛のテクニックよ?喉から手が出るほど欲しいんじゃないのかしら」
「ほ、欲しいけど、欲しいけど!ダメだからこういうの!そもそも先生、女子高生じゃないし!」
「そんなことないわ?制服を着れば、先生はまだまだ現役女子高生に見えるもの。自分に自信を持ちなさい?」
「針岡くん。神川さんは良い人だよ。うん。ちょっと運さんには悪いけど、是非音読してもらおうかな」
「チョロすぎません?」
まぁでも、なんだかんだ綾ちゃんの不満の矛先がうまく分かれてくれてるから、いい傾向だと思う。
運ちゃんには悪いけど、ここは一つ、頑張ってもらおう。
「じゃあ運ちゃん。えっと……。そうだな。ここの項目を読んでくれる?」
「……ちょ、ちょっと。聖ちゃんさん!こんなに大胆なページ」
「大丈夫だよ運ちゃん。これだけ騒がしいレストランだし、俺たちにしか聞こえないから」
「……わ、わかりました。それではみなさん。ご清聴ください」
ゴホンと一つ、咳払い。
「恋愛テク、その五。彼女がいても関係ない!恋愛は相撲!押しが強い方が勝つ!相手は土俵から引きずりおろすべし!」
「……運さん。もう一度読んでくれる?先生メモを取りたいから」
「こんなテクニック身につけなくていいんで、普通に男に好かれるような工夫をしてくださいよ先生は」
「それは髪の毛が薄い人に対して、わかめを食べたらどうですか?なんて、ふざけたアドバイスをするのと一緒だよ?先生もうそんなランクの技は持ってるの。持ってて効果が無いの。少しでも可能性を広げることの方が、明日に……。明日の合コンに、繋がっていくから!!!」
「でも、合コン貯金するんですよね?」
「……そうだよ?そうって言ったじゃん。先生ちょっとトイレに行ってくるね?」
逃げるようにして、トイレに向かった先生と、俺の手を握ったまま、顔を真っ赤にしている運ちゃんと、そんな先生と、俺たちを交互に見つめ、不機嫌そうに息を吐く綾ちゃん……。
「いや、綾ちゃん。本当になんかあったの?謝るからさ、言ってくれよ」
「謝る必要なんてないわ。だって、聖ちゃんは悪くないもの」
「じゃあ、運ちゃん?」
「運ちゃんは……。ちょっと、その本を貸してくれるかしら」
「え、あ、はい」
「なるほど……。結構これ、借りてる子が多いのね。このインターネット社会でも、まだまだこんな子供騙しの本が流行るっていうのは、何とも言えない不快な気持ちになってくるわ」
「まぁまぁそう言わず。ほら、やっぱり友達とかとさ、そういうの読むのが楽しいんじゃない?」
「それは私に友達がいないことをイジっているのかしら。それとも聖ちゃんが今日から私の魔法で女の子になって、運ちゃんも含めて三人でガールズトークをしたいっていう欲望の現れ?」
ナチュラルに先生が省かれていることはさておき。
綾ちゃんは本をカバンの中にしまった。
「え、綾ちゃんさん。その本をどうするつもりなんですか?」
「どうする?どうもしないわよ」
「え、え?」
「綾ちゃん。運ちゃんが困惑してるよ。ちゃんと説明してあげたら?」
「そうね……。簡単に言えば、没収ってことになるわ」
「ぼ、没収ですか。そうですか……。え、どうして?」
「どうしてもこうしてもないわよ、今日はこれで勘弁してやるって言ってるの」
「いつの間に私、カツアゲの対象にされてたんですか?いやいやそれ読みたいんですけど」
「運ちゃんはそんなことよりも、自分の正体について考えなさい。こんなものを読んでいる暇はないわよ」
がっくりと肩を落とす運ちゃんと、ようやくいつもくらいの機嫌には戻ってくれた綾ちゃん。
女の子って複雑だなぁなんて思いながら食べるハンバーグは、それでも美味しかった。
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