第14トイレ トイレで着替えるみたいなボケがほしかったなぁ

まぁ運ちゃんの歓迎会なんて趣旨はみんなすぐに忘れてしまって。

結局酒を注文した(ファミレスで酒飲み始めたら終わりだと思うんだけど)阿岸先生に、綾ちゃんが付きそう形となり。


当然俺と運ちゃんは、同じ家に住んでるから、一緒に帰宅するんだけども。


未だに手は繋がれたままでしてですね。


「運ちゃん。手を繋いだままだと、鍵が取りだせないんだけど。離してもいいかな」

「またすぐ繋いでくれますか?」

「どうしてそういう可愛いセリフを、ノーモーションでぶちかましてくるのかな」


しかも、とびっきり不安そうな表情で。


「可愛いなんて、簡単に言わないでくださいよ。……照れますから」


え、俺と運ちゃんって、激甘カップルか何かでしたっけ。俺の記憶にないだけで、二人はとっくにお付き合いを始めていたのかもしれません。

頭の中の綾ちゃんに謝罪しつつ。それでも鍵は開けないとどうしようもないので、一旦運ちゃんの手を離した。


財布の中に入れてある鍵を取り出す間も、運ちゃんはずっと不安そうな目でこっちを見つめてくるもんだから、俺は焦って、うっかり鍵を落としてしまった。


「あ」

「あ」


そして、その鍵を拾おうとした俺たちの手が、うっかり重なってしまい。目が合う。


「……すいません。ベタなことしてしまって」

「さっきまで繋いでた手だよ。そんなことで頬染めないでくれる?」

「そんなこと、ですか……。聖ちゃんさんにとって、私はその程度の存在なんですね」

「そういうことは言ってないじゃん。ほら鍵開けたから、手繋げるよ?どうする?」


俺の差し出した手を、運ちゃんは速攻で捕まえてきた。


いやいや。付き合いたてのカップルでも、なかなか家の前でこんなにイチャつけないよ?


「あのさ、運ちゃん。薬の効果は切れてきちゃってる感じなの?やたら積極的だけど」

「違います。あの薬が抑えてくれているのは……。その、性的な欲求です」


確かに、動物用の鎮静剤とは言ってましたけども。


そうか、単純な欲は抑制できても、感情がコントロールできるわけではないんだな。


「つまりなに。運ちゃんはやっぱり、俺のことが好きなんだ」

「はい。好きです。むしろいかがわしい欲求が消えたことで、純粋に好きな気持ちがはっきりしています。とても恥ずかしいです」

「そうですか……。あの、ちなみにこの手はいつまで繋いだままなのかな」

「……わからないですけど、でも、今は少なくとも、離したいとは思わないですね」

「お風呂とかどうするのさ。まさか、一緒に入るなんてことは言いださないよね?」

「どちらかが目隠しをすれば、可能だとは思ってます」

「わかった。じゃあ仮にそれがうまくいくとして、服の脱ぎ着はどうするのかな。手を繋いだままだと、きっと脱げないし着れないと思う」

「特訓しましょう。二人ならきっとできるはずです」

「一回絵を頭に浮かべてみようか。下はまだいいよ。でも、上の服が、俺たちの繋いでる手にかかっていくだけじゃないかな」

「じゃあ、そこまで到達したら、一瞬だけ離しましょう。これで万事解決じゃないですか?」


俺にとっての万事解決は、運ちゃんの正体がわかることなんだけど。

……この子には記憶がないから、そこを突くのも酷な気はしてくるな。

かと言って、さすがにお風呂は入らないよ?そんなR18な展開を期待されても困る。


ベタベタなラブラブ展開なんてものは、漫画やアニメの世界の出来事だから面白いんだよ。現実で起きたら、普通にお互い気まずいだけだ。


と、いうわけで。そんな運ちゃんの突拍子もない案は、当然没になりまして。


それでも、手を繋いだまま俺たちは、ソファーに腰かけている。


こんなのもう、カップルじゃん。許されるの?


「あの、私が聖ちゃんさんを好きになったことが、もし存在自体に関係しているのだとしたら……。そこを突き詰めていくことで、きっと記憶を取り戻すきっかけになると思うんです」

「えっと、具体的にはどういうことなのかな」

「……私と、恋人ごっこをしませんか」

「おいおい」


確かに、こんなのもうカップルじゃん。なんてことは言ったけどさ。

意図的にその状況を作っていくのは、ちょっと話が変わってくるよ?


「運ちゃん。一回思い出した方が良い。ここは思春期男子が一人で暮らしてる部屋だ。間違いが起きないとも言い切れない。そんな空間で、男女がカップルごっこなんてしたら、危ないと思わないか?」

「でも、聖ちゃんさんは、綾ちゃんさんが好きなんですよね?私には手を出さないのでは?」

「あのね運ちゃん。男っていうヤツは、そう簡単じゃないんだよ。そんなしっかりした生き物じゃない」

「別に最悪そうなっても、損をするのは私だけですから、大丈夫です。別に綾ちゃんさんには言いませんし」

「ちょっと待て。罠だな?綾ちゃんに『は』ということは、先生には言う可能性があるってわけだ」

「深読みしすぎです!私がそんなことをするように見えますか?」


運ちゃんをしっかり見てみる。

もうこの水色の髪にも慣れてきた。慣れてくると、顔面の美しさと相まって、一つのアートにすら思えてくるくらい美しい。


そんな運ちゃんと、恋人ごっこができるチャンスを得たわけだ。

まぁでも、本当に、記憶を取り戻す以上は必要なことかもしれないもんな。


「わかった。じゃあ、綾ちゃんにメールを送っておくよ。これで少しだけ罪悪感が薄れる気がする」

「そうしてください。こんなの別に、やましいことなんてないんですから。あの、それじゃあ早速私、着替えてきますね」

「え、着替え?運ちゃん、服なんてそんなに持ってないでしょ?」


確か、綾ちゃんが制服を作るついでに作ってくれた、割とシンプルなものがメインだった気がするんだけど。


「こんなこともあろうかと、余分に綾ちゃんさんに作ってもらっていたんです。えへへ。楽しみにしていてくださいね」

「えへへって。口に出す人は初めて見たよ」

「……あの、服を着替えたいんですけど」

「あぁ、ごめん」


俺は運ちゃんの手を離した。

それが言いたかったと思ったのだけど。なぜか運ちゃんは不満顔。


「え、違うの?」

「手は、離したくないです」

「……だからさ、着替えは無理だって。わかるでしょ?」

「そうですけど。でも~。繋いでないと不安なんですよ。そのくらい好きなんです。わかってください!」

「わがまますぎない……?運ちゃん、本当にキャラクター変わったよね」

「人は常に変わるものなんです!全くもう。わかりましたよ。ダッシュで着替えてきますから。ちゃんと手を用意して待っててくださいね?」

「うん……」


脱衣所へダッシュで駆け込んでいく運ちゃん。

本当、いつのまにこんなに好かれてしまったんだろうなぁ。


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