第15トイレ 私を眠らせてどうするつもりですか!きっとエッ……zzz

「どうですか?私、自分で言うのもなんですけど、ものすごく似合ってるなぁって思うんです」


シンプルに可愛い運ちゃんが現れた。

いわゆる、警察官のコスプレなんだけど、綾ちゃんの魔法でちゃんと作ったから、作り物感がほとんどない。


これは素材を褒めるべきなのか、調理方法を褒めるべきなのか……。

とりあえず綾ちゃんに、ありがとうございました。とメールを送っておいた。

そして、ちゃんと本人にもお礼を言っておこう。


「ありがとう運ちゃん。感謝するよ」

「えっと、それって、褒めてくれてるんですよね?やったぁ!」

「で、なんで警察官なのかな。確かにコスプレとしては無難だけど、恋人ごっこには向いてないのかなって思うよ」

「甘いですね聖ちゃんさんは。私に任せてください。まずシチュエーションとしては、聖ちゃんさんは私よりも年下で、よく私が務めている警察署のそばの公園で、友達と遊んでいる、無邪気な少年ということで」

「ちょっと待とうか。公園で友達と遊んでいるとか言われると、だいぶ年齢が下のように感じて怖いんだけど。そういう趣味じゃないよね?」

「あれあれ。今日も来てくれたんだ。聖ちゃん」


え~。普通に始まったんですけど。いやここに至る経緯もまぁまぁガバガバだし、本当に大丈夫なのかなこれ。あと、当たり前のように手を繋いでいるんですけども、これは設定に影響しない?大丈夫?


などなど、ツッコみポイントは明確ではあるけども、運ちゃんの目が本気なので、ちゃんとやってみようと思う。


「えっと。そうですね。運さんに会いたくて、ここまで来ました」

「……嬉しい。私もね?今日は聖ちゃんに会えるかなぁなんて思ってた。そしたら本当に来てくれるんだもん。運命かもって」


この警察官、ずいぶんフランクだけど、仕事は大丈夫なのだろうか……。

こんな警察官居たら、怖くて事件現場にいてほしくなさすぎるな。


「運命は大げさですよ。結構来てますもんここ」

「こら。私の熱い真っすぐな思いを、右折しないで?恋は右折禁止なんだから」

「はい、ちょっとストップ」

「恋に一時停止はないよ?」

「違う違う。俺は針岡聖治です。あなたは運ちゃん。一旦現実に戻ってきて?」

「もう。なんですか?せっかくいい感じでイチャイチャできそうだったのに」

「いやごめんあまりに無理だ。なにそのつまらないギャグ。おっさんのやり口だよそれ。言わないから恋は右折禁止なんて」

「そんなことないですよ!二人の恋はノンストップってタイトルなんですから!」

「ダサいダサい……。え?運ちゃんって昭和生まれなの?」

「しっかり令和生まれですよ」

「知ってるよ」


芸人さんのコントかと思ってしまった。いや酷い。恋は右折禁止とか、寒すぎて身も心も凍ってしまうくらいの、とんでもないギャグだ。


「警察官で、年上って設定だからさ、もっとこう、優しい普通のお姉さん

的な感じにすればいいじゃん」

「普通のお姉さんをやるのであれば、このコスプレは必要ないじゃないですか」

「うんだから……。脱いで来たら?」

「だってそうしたら、また手を離さないといけません」

「今度綾ちゃんの魔法で、俺の手のレプリカを作ってもらうよ。触り心地も温度も全部完璧にコピーできるし」

「そういうのは求めてません。私は……。聖ちゃんさんが、まるごと好きなんですよ。そこを勘違いされたら困ります」

「……で、何か思い出せた?今の警察コスプレコントで」

「何も……。あの、脱衣所に警察手帳を忘れてきてしまったことは思い出しましたけど」


そんなものまで作ってたのか……。まぁ綾ちゃんは、こだわったらとことんっていうタイプだし、わからんでもないけど。


「拳銃もあるんです。綾ちゃんさん曰く、本当に弾が出るらしいので、扱いには気を付けるようにと」

「いやあの、犯罪じゃんそれはもう。本当?」

「試してみますか?ほらこれ!」

「そんな喜々として銃を構えないでくれる?めちゃくちゃ怖いから」

「これで、あなたのハートを打ち抜いちゃうぞ?とかもやりたかったんですけど……」

「それ持ってやったら誰も笑えないからやめた方がいいよ」

「そうですか……。じゃあ、こっちで何かシチュエーションを」


運ちゃんが取り出したるは……手錠!

……ダメだ。警察官のコスプレ、犯罪グッズしか出てこない。


「もう恋人ごっこは諦めよう。これで運ちゃんの記憶が戻るとは、申し訳ないけど考えられないから」

「聖ちゃんさん。ひょっとして、私と恋人ごっこするのが恥ずかしいんじゃないですか?やけに消極的というか……」

「そりゃ恥ずかしいよ。そこは認める。もちろん、運ちゃんの記憶をどうにかして取り戻してあげたいって気持ちはあるから、少しでも可能性のあることはやっていきたいけどさ」

「私は説明を受けてない部分が多すぎるので、何とも言えませんが、記憶がないことって、そんなにいけないことなのでしょうか。ただ聖ちゃんさんが好きで、甘えたい。イチャイチャしたい。その欲求のためだけに生まれてきた私では、ダメなんですか?」


今すぐ、ダメなワケないじゃないか。と言ってしまいたい。こんなつぶらなひとみで見つめられたら。

だけど、俺はこれでも、国指定のオカルト研究部に所属している、立派なプロなわけだし。


もし、この子の記憶を取り戻せないままだと、俺では対処不能と判断されて、運ちゃんは上の機関に連れていかれてしまうかもしれない。


そうなったら、何をされるか……。


「どうしました?急にシリアス展開を始めたさそうな表情を浮かべて」

「そんな表情は無いと思うよ。えっと、着替えついでに、先にお風呂に入ってきたらどうかな」

「私は湯船にしっかり浸かりたい派なんです!シャワーだけで済ませるなんて、日本人らしくない!そう思いませんか?」

「まさか運ちゃんに日本人らしさを問われるとは思わなかったよ。じゃあお湯張ってくるから……」

「……」


自然に立ち上がって、手を離そうとしたのに、運ちゃんが俺を見つめながら、少し頬を膨らませて、腕を引っ張ってきた。


あぁもう。何でこの子はいちいち可愛いのかな。


「私も一緒に行きます。栓がちゃんとしてあるか見に行くんですよね?」


何を言っても無駄だと思うから、とりあえず諦めることにした。

運ちゃんと一緒に栓確認。お湯張りボタンをプッシュ。

多分、新婚さんでもこんなこと二人でやらないと思う。


リビングに戻ると、綾ちゃんからメールの返信が来ていた。


「あの聖ちゃんさん。せっかく私がここにいるのに、さっきからスマホ見てばっかりじゃないですか?」

「綾ちゃんだよ。風邪ひいたから明日は休むってさ」

「魔法で風邪を治すことはできないんですか?人を生き返らせることが可能なくらいだから、そんなこと簡単にできそうですけど」

「魔法風邪っていうらしいよ。魔法使い特有のもので、魔力を使いすぎると、反動でかかりやすいんだとか」

「へ~。魔法使いも大変なんですね」


トイレから生まれた生き物に心配される魔法使い。


綾ちゃんが魔法風邪にかかるなんて、かなり久しぶりだと思う。

今回は別に仕事のせいというわけではなさそうだし、一体どこでそんなに魔法をつかったんだろう。


疑問に思ったけど、それを訊くのはなんかプライバシー的問題があるような気がして、とりあえず当たり障りのないメールを返しておいた。



その後、いつまで経っても手を離してくれない運ちゃんが、さすがに面倒になってきたので、強引にウォーターベッドに放り投げることで、今晩は事なきを得た。




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