第16トイレ 私、出番無しですか?

「そう……。神川さん風邪なのね」

「はい。結構酷いみたいで。明日が土曜日なのが幸いですね」

「それはもしかして、あなたたち平日でも授業にほとんど出ないんだから、別に影響ないじゃない。っていう、先生のツッコミ待ちなのかな」

「そうですね。よくできました。偉い偉い」

「な、ナチュラルに先生の頭を撫でるのはやめなさい!好きになっちゃって告白してフラれちゃってイライラしちゃって食べ過ぎちゃって太っちゃってまたフラれちゃったらどうするの?」


そんなフラれループを説明してくる阿岸先生だけど、頭を撫でられると顔を赤くして大人しくなるから……。結構、この方法には頼ってしまう。

だって、大人の女性が照れてるのって、可愛くない?阿岸先生は呪われてるからモテないだけで、普通にめちゃくちゃ美人だし、ちょっと年下に見えちゃうところとかも……。


いかんいかん。こんなこと考えながら撫でてたら、好きになってしまう。このあたりでやめよう。


「あ……。別に、もう少し撫でてくれてもよかったけど」

「そういう表情はズルいですよ先生。教え子をどうしたいんですか?」

「そうだよね。先生と針岡くんは、あくまで教師と生徒。許されてもキスまでだもんね」

「誰がいつそれを許したんですかね。まぁいいや。えっと、運ちゃんの件なんですけど」

「そういえば運さんはここにいないよね。どうしたの?」

「どうしても授業に普通に参加したいって言いだしたので、置いてきました。わがままですよね。授業受けたら記憶が戻るかも~なんて」

「授業に参加するのは当然だし、運さんの意見もまともだと思うのは先生だけかな」

「俺の中で仮説を立てたんですけど、運ちゃんはもしかして、最初から記憶を必要としない前提の生き物なんじゃないかって」

「記憶を?でも、そんなことってありえるの?私もこの世界に携わって長いけど、今までそんな子は一度も見たことないよ?」


この世界に、というのは、紛らわしいが、教師の経歴のことではない。

実は阿岸先生は、かつて学生時代に、オカルト研究部に所属していたらしいのだ。

なので、ある程度は生き物についての知識もあるし、たまにまともなアドバイスをくれることもある。

普段は合コン会場でしか呼吸できない残念独身女性だけど、これでも頼りになる顧問なのだ。


「特例として報告するべきか迷ってますけど……。まぁ、まだ運ちゃんが嘘をついてるっていう可能性も否定できないですからね」

「それは神川さんの魔法で判別できそうな気もするけど」

「先生。さっきも説明した通り、綾ちゃんは魔法風邪なんですよ。無理はさせたくないです」

「そ、そうだった。教師失格だね。反省しないと」

「こんなしょうもないところで反省するくらいなら、合コンの件とかにもっとその反省を回してください」

「合コンは……。ほら、資格取得のための勉強みたいなものだから。わかる?婚約者っていう資格の効力はすごいよ?」

「合コン貯金はどうしたんですか。破産しました?」

「まだ継続してるもん!今、十八万くらい溜まってるよ?」

「二日目ですよね。今までどんなペースで男に貢いでたんですか」


先生は口笛を吹きながら、目を逸らした。

二日で十八万って。いったいこの人、どこにそんな資金があるんだろう。


「だからね?先生もう二日も男と話してないの。針岡くんと話すのが唯一の癒しでさ……。ね?こんな先生を哀れに思って、優しくして?」

「俺、綾ちゃん以外の女性に優しくするつもりはないんですよ。好きになられても困るんで」

「強気なホストみたいな発言やめなさい。先生うっかり貢いじゃうから」

「典型的すぎるでしょ。先生頼むから、ガチで傷物になる前に、行動を改めていってくださいよ」

「だからこうして、合コン貯金してるじゃん。このペースでいけば、一か月後にはあのホストに車を買ってあげられる……」


先生の目が遠くなったから、多分もうダメです。

まぁいいや。俺の金じゃないしね。うん。自分で稼いだ金をどう使おうと勝手だし、諦めましょう。


「えっと、合コンの話はもういいですよ。俺、これから早退して綾ちゃんのお見舞いに行きますけど、先生も来ます?」

「サラッと早退宣言してるけど、そのあたりの適当具合は、先生心配になっちゃうな」

「自分の好きな人が寝込んでるから、帰るんですよ。これってちゃんとした理由でしょ?」

「キラキラした漫画の主人公みたいなこと言うよね。まぁいいけど。先生にそれを止める権限ないし……。あとごめんね。まだ仕事が残ってるから、ちょっと行けないかなぁ」

「あの、二日連続で先生の酔っぱらい体操に付き合わされたことも、多分今回の風邪には影響してるよ思いますよ。その辺どうですか?」

「わかった行く行く。生徒の安全を守るのは教師の一番の仕事だもんね~行く行く」


棒読みコンテストで一位になれそうなくらいの発音だ。いや一位は、顔が良いからとりあえず俳優やらせてみたけど、思ったより演技が棒で、ネットに散々悪口を掻き込まれた挙句、「これも創作活動のネタになればいいと思ってます」みたいなコメントを出しちゃうパッと出の歌手かもしれない。長くなりました。


「それじゃあ、運さんはどうする?校内放送で呼び出すこともできるけど」

「あ~。運ちゃんはいいですよ。好きにさせといてください。一人で過ごすことで得るものもありそうだし」


ていうか、連れてくとまた手を繋げだのなんだの面倒だし。

……できることなら、綾ちゃんの前で、他の女の子とはイチャイチャとかしたくないし。

まぁ先生は別だけどね。


「そうだ。何かフルーツとか買って行ってあげないとね。風邪の時フルーツを持差し入れてあげるのって、ポイント高くない?」

「いや、なんかババ臭くないですか?普通にポカリとかでいいんじゃないです?」

「ババ臭い……。先生ババ臭いかなぁ。まだギリギリ二十代なんだけどなぁ……。でもそっか。これだけ長い期間彼氏がいなかったら、もはやそれはもうおばさんだよね。むしろおばさんよりおばさんかも。針岡くんの言う通りだよ。確かに姪っ子は、私のこと、島母お姉ちゃんじゃなくて、おばさんって呼ぶもんね」

「それは本当におばさんだからいいんじゃないですか?いずれおばさんになった時、ダメージが少なくて済みそうですけど」

「そうだけど、今すっごくダメージが大きいの!心の体力ゲージが、本当におばさんになる前に擦り切れちゃったらどうするの?針岡くん責任取ってくれる?」

「あの、そろそろ行きましょうか。綾ちゃんが待ってるし」

「なんか先生のせいでこの会話が長引いてるみたいな言い方だけど、呼び出したのは針岡くんだからね?」


そうだ。俺は先生を呼び出した。


本当は、昨日の綾ちゃんの様子を訊くためだったんだけど、魔法風邪の件を話したときに、先生は何も言わなかったから、多分特に変わったことはなかったんだよ思う。


まぁ、どっちみち行けばわかることだ。

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