第17トイレ ま、また出番無しですか?

「元気よ。すごく元気。元気すぎて大陸を一つ消し飛ばしてしまいそうなくらいだもの」

「はいはい嘘はいいからドアを開けてね。ちゃんと綾ちゃんの好きなバレンシアオレンジの入ったフルーツ盛り合わせも買ってきたよ」

「知っての通り、今私の家には、梨があるの。誰かさんが忘れていった梨がね。フルーツはとても間に合ってるから、心配しなくていいわ」

「あ~。神川さん。私。阿岸島母です。近所の百貨店で、一番高いフルーツセットを買ってきたから、一緒に食べましょう?」

「そういう先生の、とりあえず高いものを買っておけばいいみたいな考えは、ホストにしか通用しないわよ。心がこもってない証拠だわ」

「ちょっと綾ちゃん。先生が涙目になっちゃったじゃん。どうしてくれる?」

「わかったわよ。謝るかどうかはまだ決めてないけど、入りなさい」


素直に謝らないと、この先生はとてもめんどくさくなることを、綾ちゃんは誰より知ってるはずなんだけど、そこをおざなりにするあたり、本当に体調が優れないんだと思う。


ともかく、ドアが開いたので、お邪魔するとしようかな。


平屋建ての綾ちゃんの家は、部屋がとにかく多い。なので、客が来るときは、入り口に一番近い部屋に集まるのが普通なんだけど……。さすがに今日は、自分の寝室にいるみたいだ。


「家庭訪問の時も来たけどさ、本当に広いお家だよね。ここに一人で住んでるなんて……。先生だったら、きっと男に部屋を貸しちゃうと思う」

「いちいち男を挟まないと気が済まないんですね先生は」

「もちろん無料でね。あと、トイレはもう一つ増やすかな。男性用と女性用。でもお風呂は一緒でもいいと思う。だって……。その方が、女を意識させられるから」

「良い女風な発言してますけど、やめたほうがいいですよ。先生の呪いからして、多分効果ないですから」

「やってみないとわからないじゃん!だって、お風呂だよ?男の子の夢が詰まってる空間でしょ?違う?もし時間を止められる能力を手に入れたら、入りたい場所の筆頭候補だよね?」


先生の発言はたまに無視するとして、綾ちゃんの部屋の前に着いた。とりあえずノックをしてみよう。


「綾ちゃ~ん。お見舞いに来たよ。開けてくれるかな」

「私今日はすっぴんだから。できれば会いたくない」

「え?神川さん、高校生なのに、もう化粧してるの?進んでるなぁ」

「先生。綾ちゃんの言うすっぴんは、魔法のベールで守られてない状態のことを言うんです」


綾ちゃんは普段、自分の魔法で作った透明のベールに身を包まれている。


効果としては、単純に何かが飛んできても弾くとか、そういう物理的側面もあるけど、実はそれよりも大きいのは、精神面の補助だ。


先生はそれを知らないみたいで、可愛らしく首を傾げている。


「魔法のベール?もしかして神川さん、魔法で年齢を偽ってるとか、そういうこと?ベールを脱いだら浦島太郎みたいになっちゃうとか」

「私は不老不死よ。それに、魔法で容姿なんて好きに変えられるわ」

「綾ちゃん。本当に会いたくないなら、帰ろうか?」

「……そうは言ってないじゃない」


先生が何かを察した様子で、俺の方を見てきた。

軽く頷く俺。そう、その通り。


綾ちゃんは、実は結構恥ずかしがり屋で、寂しがり屋なのだ。

普段はその性質を、ベールをまとうことで誤魔化しているけれど、これが本来の綾ちゃんである。


「フルーツ、食べるでしょ。出てきなよ。いつもの部屋で待ってるから」

「……ええ。わかったわ。髪の毛だけ整えたら、すぐに行くから」


普段の魔法が使える綾ちゃんなら、一瞬で髪型なんて変えられるが、魔法風邪の時は、そうもいかない。


「ねぇ針岡くん。もしかして、今日はすごくレアな神川さんを見られるんじゃないの?」

「そうですね。まぁ、レアと言えばレアですけど。でもなぁ……。ああいう綾ちゃんは、俺だけのものにしておきたかったっていうか」

「え?じゃあどうして先生も誘ったの?フルーツだけ渡すでも良かったのに」

「それじゃ味気ないでしょう?だいたい、さっきも言いましたけど、綾ちゃんの魔法風邪の原因に、先生だって加担してないとも言い切れないから、こうして反省の機会を与えたんです」

「そうだったね。ごめんねこんな先生で。これからもよろしく」


これは表向きの理由で。

本当は、昨日から運ちゃんに迫られてるせいで、俺の中の、変なゲージがぐいぐいと伸びてきているから。


このままだと、今の状態の綾ちゃんと接したとき、冷静でいられる自信がなかったのだ。

なので、先生を連れていくことにした。さすがに第三者がいれば、俺の理性もちゃんと働くだろう。


フラれるのは、五回で十分だ。これ以上はもう勘弁。


「ちょっと先生、包丁取って来るね」

「え。何するつもりですか急に」

「フルーツを切り分けるの!全く。先生にそんな包丁の使い方をする勇気があったら、とっくに彼氏できてるからね?」

「先生が言うと本当にヤンデレっぽくて冗談に聞こえないから、やめてもらえます?」

「これが冗談で住んでるうちに、彼氏ができてほしいなぁ」


そんな怖いセリフを残し、キッチンに向かった先生と入れ替わるようにして、綾ちゃんが姿を現した。

風邪をひくと、服を作れないので、その辺にある服を適当に着ることになる綾ちゃん。


まさかの、学校指定ジャージ姿に、俺は思わず写真を撮ろうとしてしまったが、何とか思いとどまった。


「運ちゃんは来ていないのね。サボりかしら」

「サボってるのは俺たちのほうだけどね。綾ちゃん」

「私は風邪。ちゃんと正規ルートを辿っているもの」

「いや、俺と先生のことを言ったんだよ。さすがに病人をサボりだなんて呼ぶような俺じゃない」

「ところで、運ちゃんとはもうキスをしたのかしら」

「いきなりすぎるでしょ。何で?」

「別に。気になったから。あ」


綾ちゃんが、急に俺の横に接近してきた。何をされるのかと思ったが、魔法ポコポコを回収しただけらしい。

魔法ポコポコというのは通称で、本当の名前は、魔力漏監視管という。


大きな試験管のような入れ物の中に、ピンク色の液体が入っており、魔力が乱れていたり、漏れ出したりしているのを察知すると、その中の液体が、まるで沸騰しているかのように、ポコポコ言い始めるのだ。


そんな魔法ポコポコは、魔法使いにとって、自分のコンディションを測る上で、重要なアイテムである。人間でいう体温計みたいなものだ。


その証拠に、今綾ちゃんが回収した魔法ポコポコは、ちゃんとポコポコしていた。


「悪かったわね。みっともないものを見せてしまって」

「気にしなくていいよ。今先生が包丁持ってくるから」

「もしかして、弱った私をどうにかするつもりなのかしらね。甘すぎるわ。いくら生身の私でも、さすがに人間に負けることは無いと思うわよ」

「目の前のフルーツを切り分けて、綾ちゃんにプレゼントするためなんだけど」

「私、先生のこと好きよ。信頼してるもの。真実の友達と書いて、マブダチって読むくらいにはね」

「なんか今先生褒められなかった?とっても嬉しいんだけど。ねぇもっと褒めてくれていいんだよ?」

「危ないから包丁持ったまま喜ぶのやめません?生徒が教師に注意することじゃないと思うんですけど」

「しょぼ~ん……」


そんな、しょぼ~んな先生はほかっておいて、俺たちはこれまでの運ちゃんについての見解を、報告しあうことにした。

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