第18トイレ ……もう、ばかっ。
実はもう、俺の中で、一つの結論は出ていた。
けれど、それをここで発表するのはまだ早い。
なので、とりあえず綾ちゃんの意見を聞こうと思う。
先生がせっかくフルーツを切り分けてくれたのに、元々あった梨を齧っている、ひねくれものの綾ちゃんの意見を。
「運ちゃんはきっと、ダッチワイフなのよ」
「ちょっと神川さん!人が包丁使ってる時に、変なこと言わないでよ!」
「変なことは言ってないわよ。変なことに使うアイテムではあるけど」
「ふぅ~危ない。ほら針岡くん。先生が心を込めて切ったりんごを食べて?」
「俺、リンゴは丸かじりするのが好みなんですよね」
「それは先生が悪かった。じゃあ神川さんの魔法で元通り……。は、できないんだったね。もういいやこれは先生が食べちゃうからね」
「で、綾ちゃん。そういう発想に至った経緯は?」
リンゴと梨を食べる美少女に挟まれながら、俺は桃を食べている。
もし運ちゃんの髪がピンク色だったら、モモなんて可愛い名前がついていたかもな、とか思うつつ。
けれど、トイレがお尻を想像させて、桃もお尻を想像させるから、お尻ちゃんなんて名前に落ち着いていたかもしれないなんてことも考えていた。
「要するに、記憶が無いわけだから、擬人化だと思ったの。それの変異種ってイメージね」
「変異種……か」
変異種というのは、文字通り変異した種のことだ。
鳥で言えば、羽が退化した代わりに、水中で呼吸できるとか。
もっと極端な例でいえば、羽の生えたライオンとかね。
擬人化は各地で報告されているけど、まだ数が少ない上に、これまで俺が聞いた例は、全部意思疎通の手段を持っていなかった。
おばあさんが大切に保存していたブランケットが擬人化した例でいくと、そのブランケットに近い色の髪の毛の女の子に、突然変化したらしいけど、生きているかどうかの判別もできなくて、ただのマネキン状態だったとか。
「でも、擬人化した生き物に、記憶が残ってないなんて話あったっけ」
「聖ちゃん、こないだのオカルト通信を読んでいないのね」
「……」
「黙ったって無理よ。先生は読んだかしら」
「ん~。流し読みだけどね」
「ちょっと聖ちゃん。先生に負けちゃってるじゃない。部長としてこれはとっても恥ずかしいことだわ。私の顔が赤くなりそう」
いつもなら、そう言うだけで、本当に顔が赤くなることなんてない綾ちゃんだけど、今日はベールがないので、ちゃんと頬を染めていた。
もちろん、こっちの方が可愛いので、俺としてはこのまま生活してほしいところ。
「確か、擬人化した生き物の脳みそを覗いたら、何もデータが入ってなかったって話だよね」
「そう。しかも、記憶はないのに、持ち主に対しての愛情だけはあったらしいのよ。これってもうほとんど一致してると思わないかしら」
「……あの、お言葉なんですが。それを二人とも知っているなら、運ちゃんが俺を好きだのなんだの言い出した時点で、教えてくれてもよかったんじゃない?」
「変異種を一番最初の案に出すなんてこと、研究者としてはあるまじきことでしょ?過去の事例に全て当てはめる作業が必要だったのよ」
「そ、そうなのよ。先生もそれ」
綾ちゃんは良いとして、おそらく先生は、流し読みしたとかなんとか言ってたし、ちゃんと頭に入ってなかったんだと思う。
ともあれ、これで運ちゃんは、変異種の可能性が高まったわけだけど……。
「だとすると、運ちゃんとは、今日でお別れってことだよな」
「え?」
「だって、変異種として報告すれば、多分本部行きでしょ?」
「……そうだったじゃない。どうしてくれるのよ先生」
「せ、先生が悪いの?え?な、なんで?」
今日の綾ちゃんは、不満ならちゃんと頬を膨らませるし、困ったらしっかりあたふたしてくれる。
「そうか。綾ちゃんも、運ちゃんと離れるのは嫌なんだな」
「違うわよ。別に明日魔法でサーモンに変えて、良質なたんぱく質として摂取しても構わないくらい、思い入れはないわ」
「グロいこと言わないでくれよ」
「でも私、あいにく魔法風邪だから、できないのよね。命拾いしたわあの子」
「……えっと、まぁそれはいいとして。そうだな。擬人化の線が濃厚だとすると、運ちゃんは何の擬人化なんだろう」
自分で言って、思い出した。
あの日運ちゃんは、テニスボールを握っていた。
そこそこの経年感のあるテニスボールを。
あれは多分……。綾ちゃんと俺がテニスをして遊んだ時のボールだと思う。
汚れたボールをそのまま部屋に入れるのは気が引けたから、確か俺が、ハンカチで包んで……。
「……そうか。あの時のハンカチは、確か水色だった。色々辻褄があってきたな。でも、どうしてそれがトイレにあったんだろう」
「それはね、お前を食べるためだよ」
「おおかみさんか?」
「たまたまテレポートが誤作動したのよ。くしゃみで勝手に物が移動してしまうのは、よくあることだから。今思うとあの時から、魔法風邪気味だったのかもしれないわね。そうよね?先生」
「そうだよ。うん。そうに違いない。気が付けなかった私たちにも責任があるよ針岡くん」
先生が、微妙に力のこもった目線を向けてきた。そして、何事もなかったかのように、果物をカットする作業に戻る。
……あきらかにおかしい。何か隠してるな。この二人。
綾ちゃんは、運ちゃんについて何か知ってる風だったのは覚えてる。でも、先生もそれに加担しているとなると、その意図がわからない。
「……まぁいいですけど。先生、自分で仕事増やして、休日がなくなっても知りませんからね?」
「え?先生休日はだいたい合コンの予定が……。な、なかった無い無い。だって合コン貯金の最中だもん。無いに決まってる。ね?」
「よかったですね。俺のおかげで、合コン貯金が続けられそうで。感謝してくださいよ」
「で、でも。ほら。確かに先生、合コン貯金するとは言ったけど、たまにはご褒美みたいなの無いと、キツイなぁなんて。ねぇ?」
「そうよ聖ちゃん。だから、わざわざ運ちゃんのことを、機関に報告する必要はないわ。だって、無害だものあの子。しかも可愛い」
「いや、これ以上運ちゃんと一緒にいて、情が移ったらどうするんだよ。めちゃくちゃ密着してくるんだよ?」
二人が顔を見合わせる。無言のアイコンタクトのあと、同時に頷いた。
「聖ちゃんは、運ちゃんのことが、どのくらい好きなの?」
「……何その質問。別に、通常サイズの好きでいかせてもらってるけど」
「だとしたら、別にかまわないわ。人間だれしも、平等に何かを愛する存在だもの」
「だから、今言ったじゃん……。情が移ったら困るんだって。あの子めちゃくちゃ可愛いんだからね?一緒に暮らせばわかるけど」
「私とどっちが可愛いのかしら」
「絶対綾ちゃん」
「……ありがとう」
自分がベールを解除していることをうっかり忘れて、いつも通りの攻撃を仕掛けてきた綾ちゃんだったが、失敗に終わった。
あの綾ちゃんが、俺のセリフなんかで照れてくれている。ちょっと癖になりそうだけど、ハマったら怖いので、もうやめておこう。
「さ、さ、さて、私そろそろちゃんと疲れてきたから、ここらへんでお開きにしないかしら。フルーツありがとう先生」
「いいのいいの。ホストに貢ぐよりもよっぽど生産性のある使い方ができたし、むしろ感謝したいくらい!」
「その返しはあってるんですかね」
こうして、綾ちゃんの強引な技により、解散となった俺たちだけど。
……俺の出した結論は、俺の中で、少し有力になってきてしまったな。
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