第12トイレ どう見たって嫉妬じゃない。ねぇ?

「合コン貯金を始めたの」


という先生のセリフから幕を開けた、運ちゃん歓迎会。

先生はご存じの通り合コン依存症。または合コン狂いとして有名だが、今日からその合コンを禁止することで、参加費及び、男に無駄に貢いでいた費用を貯金に回すことにしたらしい。


「阿岸先生。ファミレスで歓迎会って、学生みたいですね」

「だってあなたたちは学生でしょ?それに先生だって、いつまでも若々しい気持ちでいたいもの」

「運ちゃんどう?こういうファミレスとかの雰囲気は、記憶にあるのかな」

「針岡くん。私に微妙な視線を向けつつ、会話だけ横にスライドしていくのはやめてもらえないかな」

「えっと、なんとなくですが、わかります。さっき聖ちゃんさんが言ったように、ここは学生が集まって、ワイワイするところですよね」


もうファミリーレストランじゃなくて、学生レストランに改名したらどうなのかなとは思うけど、それってただの食堂だよね。


「さぁみんな。好きなものを食べて良いからね」

「じゃあ私は、デザート全種類頼もうかしら」

「神川さん。別にテレビの企画をやってるわけじゃないんだよ?普通に食べたいもの食べて?」

「でも、こういうところのデザートって、小さい上に無駄に値が張ることが多いから、実は食べたことの無いメニューもあるのよ。それに、全部注文なんてあんまりする客いないだろうから、店員の反応が見たいわ」

「人の歓迎会でお笑いしなくていいから!学生なんだし、もっとこう……。肉を食べなさい!肉を!」

「私、あんまり肉好きじゃないのよ。先生なら知ってるでしょう?」

「そんなこと言って、こないだ高いお肉は美味しそうに食べてたの、先生忘れないからね?」


へぇ。綾ちゃんと先生が、よく食事に行くのは知ってたけど、そういうところにも行くんだなぁ。


「……針岡くん。私の顔に、何か付いてる?」

「顔ではないですけど、憑いてますね」

「ねぇそれ先生とは違う漢字よね?いつになったら立ち去ってくれるのかな」

「あの、みなさんはドリンクバーはつけますか?」

「歓迎会の主役がドリンクバーの有無を訊かなくていいから。二人がやってあげなさいちゃんと」

「私は魔法で味覚を弄ることができるから、水でいいわ」

「サラッとチート級の魔法を発表しない。針岡くんは?」

「俺もいらないです」

「運さんは?」

「私も水がいいです。あ、決して髪が水色だから、キャラクター的に意識をしたというわけではないですよ!」

「わかってるから急に大きい声出さないで?でも……じゃあなに。ドリンクバーが欲しいの、私だけ?唯一の大人なのに、さすがにそれはダメだよね……」


というわけで、全員がドリンクバーを付けない流れになった。


俺が率先して、全員分の水を運ぶことにしよう。気遣いのできる男はモテる。これは間違いない。同じ女の子に五回もフラれている俺が言うのだから、信憑性は高いと思う。


「ありがとう針岡くん。そういう気遣いができる人って、モテるんだよね~。合コンマスターの先生が言うんだから、間違いないよ?」


……うわ。先生と同じこと考えてたじゃん。恥ずかしい。

ていうか、同じ女の子に五回フラれた俺と、世の中のいかなる男性にもフラれる運命にある阿岸先生の意見が一致したし、これはもう間違いないですね。


「聖ちゃんさん。あの、手を握ってもいいですか?」

「は?」

「いきなりね運ちゃん。薬の効果はまだ切れていないはずなのだけど」

「く、薬!?まさか、そういう薬じゃないでしょうね!先生は許しませんよ?」

「あぁほら。先生が余計な一行挟んだせいで、その間に俺、運ちゃんに手を握られちゃいましたよ」

「……ダメですか?」


頬を赤らめ、首を傾げ……。テンプレラノベ美少女ヒロインみたいな振る舞いをする運ちゃんに、俺みたいな雑魚キャラが勝てるはずなんてないじゃないか。


「いいよ。ダメなわけないじゃんか。ガンガン握ってくれ。寿司屋の大将みたいに」

「運ちゃん。聖ちゃんがつまらないギャグを言う時は、本当に照れてるときなのよ。よかったわね」

「はいそこ。あっさり人のウィークポイントを晒さない。運ちゃんが悪い子になっちゃったらどうするの」

「幼馴染の特権よ。聖ちゃんのあんなところやこんなところも知ってるし、ああいう恥ずかしいところにホクロがあることだって、知ってるんだから」

「先生ホクロフェチなの。ちょっと針岡くん、服脱げるかな。ああいや別に今すぐってわけじゃなくて。できれば人がいないところで……。あ、でも、人がいるところでそういう恥ずかしいところを披露するのも良いよね!先生そういうシチュエ」


言葉を止めた先生が、漫画みたいに固まっている。


「あ、みんな。ところで注文は決まったかな。そろそろ店員さんを呼ぼうと思うんだけど」

「大丈夫よ。警察を呼んでおいたから」

「神川さん!?先生が明日から、阿岸先生じゃなくて、阿岸容疑者って呼ばれるようになってもいいの?」

「捕まる自覚のあるようなことは言わないでくださいよ。あの、マジで引きましたからね。そんなんだから合コンでモテないんじゃないですか。普通人前で性癖の話なんてしませんよ。しかも生徒の前で」

「わからないの。自分でも何でこうなっちゃうのか。いっつも合コンもそれで失敗しちゃうし……」


あ、なるほどわかったわ。

こういう男性の混ざった食事の場は、先生の呪いのせいで、合コンと判断されて、必ず場を白けさせるような発言を促すんだな。

そりゃあモテないわけだわ。こんな会話してたら。


「私ね、先生。その聖ちゃんのほくろを、舐めたことがあるのよ」

「え!?ダメダメダメそんなエッチッチアクションは!ちょっと針岡くんどういうことなの説明しなさい!」

「いやあの綾ちゃん。なんでそんな変な嘘つくの?めちゃくちゃやめてほしいんですけど」

「別に?」

「……え、何で怒ってんの綾ちゃん」

「怒ってないわよ?」


なんて言ってる綾ちゃんだけど、もう長年の付き合いだ。本人は気づいていなくても、俺にはわかる。綾ちゃんのひっそり怒りモード。


まず、返事が雑になる。いつもなら最低でも行が埋まるくらいの活躍は見せてくれるのに、「別に?」とか「怒ってないわよ?」とか、あっさりした返事になるのだ。


ってことがわかっても、何で怒ってるのかわからないから、どうしようもないんだけどね。


「阿岸先生。私この店のメニューを全部食べるまで帰れないやつやるから」

「やめなさいそういう恥ずかしいユーチューバーみたいな行為は。そもそも神川さん、そんなに食べられないでしょう?」

「大丈夫よ。胃袋を空っぽにする魔法を使うから」

「それ、先生にとってのメリットが皆無じゃない?ねぇ神川さん。自分の怒りを、人の財布にぶつけないでくれる?」

「今ならこの星なんて片手で潰せそうな気がするわ」

「ちょっと、めちゃくちゃ怒ってるじゃん。針岡くんなんとかして」

「いやぁ俺に言われても。綾ちゃんどうしたのマジで。宝くじ外れたとか?」

「宝くじの番号は操作できるわよ。でも私なら、全部のくじをあたりに変えて、世界を混沌に陥れる方が好みだけど」


なんて言いながらため息をつく綾ちゃんは、もう誰がどう見ても怒ってる状態だった。


これは多少時間を使ってでも、綾ちゃんの機嫌を取る必要がありそうだな。

一応歓迎会だし、そのくらいの配慮はしてもいいのかもしれない。


そんなわけで、後半へ続く……。

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