第11トイレ (運ちゃんが涙目でこちらを見ている)

「さて、じゃあ今日も早速運ちゃんの生態について調べていこう」

「ちょっと、ちょっと待ってもらっていいですか?」

「どうしたの運ちゃん。トイレなら行ってきなさい」

「あの私確かにトイレで生まれましたけど、トイレに愛着があるとか、そういう性質はありませんからね?」


ちなみに綾ちゃんは今、トイレに行っているので、俺と運ちゃん二人きりのオカルト部の部室だ。

レディーファースト精神に基づき、運ちゃんを、たった一つの椅子に座らせている。


「そうじゃなくて、何普通に授業サボって、ここに来てるんですかって話ですよ。お二人は不良なんですか?」

「不良って言い方に多少の古さを感じずにはいられないけど、まぁいいとして。俺たちはちゃんと、オカルトについての研究発展のために、許可を得て活動してるんだよ。運ちゃんはまだいいけど、もし、悪いタイプの生き物とか出てきたらさ、授業なんて受けてる場合じゃないじゃん。わかる?」

「つまり……。世間でもそこそこ、私みたいな存在は確認されているということでしょうか」

「そこそこなんてもんじゃないよ。そのための職業だってあるし、大学だってある。もうほとんど、一般社会に認知されてるって言ってもいいんじゃないかな」

「なるほど。確かに、この学校の掲示板にも、結構オカルト研究部への相談窓口の案内とか、貼ってありますもんね」


あれは、綾ちゃんがいたずらで貼ったやつなんだけど、ちょっと黙っておこうかな。怒られたくないし。


「えっと、それで、生態について調べるというのは?」

「別に昨日までと変わらないよ。運ちゃんが何のために生まれてきたのか、そんでもって、今何をするべきなのかを、探っていくわけ」

「……なんだか、哲学みたいですね。今日は真面目な展開になっていきそうです」

「運ちゃんって、結構エロいパンツ履くんだね」

「いきなり逸れた!て、いうか、え?私のパンツ見たんですか?いつ?どこで?」

「いやいや。普通に洗濯機に入れてたじゃん」

「……そうでした。その、私、あの時は少しおかしかったんです。パンツくらい、見られてもいいかって、そういう気持ちだったんですよ。で、でも、今はめちゃくちゃ見られたくないので!記憶から消してください!」

「無茶言わないでよ」


俺まで記憶喪失になれっていうのか。

まぁ、そういうのも斬新でいいかもね。


なんて思ってると、綾ちゃんがトイレから戻ってきた。

……阿岸先生を連れて。


「綾ちゃん。その後ろに亡霊みたいに付きまとってる、おかっぱ頭の眼鏡をかけた可愛い女の子は誰かな」

「これ?」

「あのね神川さん。いくらなんでも先生のことを指差して、これ扱いは酷いと思うの」

「これ様?」

「敬称の問題じゃないの。あ、運さんも捉えられたんだね。おはよう」

「お、おはようございます。いや私は授業に出る意思はあるんですよ。でもこの二人が」

「いいの、わかってるから。この二人には逆らえないんだよね。良い男を手に入れるためには……」

「ごめんなさい理由まで一緒にされると困るんですけど」


サラッと先生が、運さんなんて呼んだけど、面白いことに、運ちゃんのこの学校での名前は、運命子うんめいこになっている。綾ちゃんが二秒で考えた名前だ。まだ酔っ払ったおじさんの方が、マシな名前を付けてくれるような気がしてならない。


「綾ちゃん。どうして先生を連れてきたのかな」

「阿岸先生にも、運ちゃんの記憶喪失の原因を考えてもらおうと思って」

「え、え。私が記憶喪失ってこと、言っちゃっていいんですか?」

「大丈夫だよ運さん。私、オカルト研究部の顧問だから。だいたいの事情は把握してるから」

「そうなんですか……。なんだかすいません」

「いいのいいの。困ったときはお互い様だからね?良かったらトイレにまつわるイケメン独身男性なんか紹介してくれると嬉しいんだけど……」

「そんな知り合いいませんよ……。ですから私、記憶喪失なんですって」

「神川さん。話が違うじゃない。先生とっても期待してここまで歩いてきたのに」

「私は悪くないわよ。悪いのはどこかの国の大統領」

「大統領というだけで、少し候補が絞られるので、やめた方がいいんじゃないですかね?」


人が四人も集まると、俺がいなくたって、進行役一人、ボケとツッコミが一人ずつという構図で、話はうまく進んでいく。

昨日も四人いたけど、一人泣いていたし、一人発情しかけてたしで、全く機能してなかったんだよね。今日は楽できそうだ。


「記憶喪失だけどね?先生が思うに、頭を思いっきり叩けば、治ると思うの」

「そんな昭和のテレビみたいな直し方はやめてください!私、確かに人間じゃないですけど、ちゃんと生きてるんですよ?」

「冗談冗談。真面目な回答とすると……。神川さんの魔法は?それで記憶を戻すとか」

「あいにくだけど、私の魔法は、人に別の記憶を植え付けることしかできないわ。例えば今ここで急に、阿岸先生の脳みそに、昨日イケメンと一夜を共に過ごした記憶をねじ込むことはできるけれど」

「何それ最高早くやって今すぐやっていくらでも払うから」

「教師にあるまじき食いつきですね……」


この変人ぶり。やはり、オカルト研究部の顧問を務めるだけのことはある。

俺たちと関わる前から、阿岸先生はちょっとアレな感じだったので、類は友を呼ぶというか……。出会うべくして出会ったというかね。うん。


「実は、人の記憶を覗くことはできるのよ私。だから、運ちゃんの頭を確認してみたけど……。からっぽだったわ」

「頭からっぽみたいな言い方やめてくださいよ」

「え?でも、運さんは確かその……。針岡くんのことが好きなのよね?そのあたりについての何かは入ってるんじゃないの?」

「入ってないわ。運ちゃんが聖ちゃんを好きなのは……。体全体からくるものなのよ。そこに記憶は関係ないわ。具体的に言うと、例え首が吹っ飛んでも、聖ちゃんを愛し続けて行動するようにできてるみたい」

「めちゃくちゃ気持ち悪いじゃないですか私。そんなミミズみたいなキャラクター嫌です」

「でも、そうすると、妖怪とか化け物の類ではなさそうだね……。考えられるとしたら、情物じょうぶつ?」

「ジョーブツ?」

「ここは俺が説明しよう」


黙りすぎて暇になってきたので、少し喋ろうと思います。一応主人公なので。


「情物っていうのは、感情の情に、物って書いて情物。人が長年使っていたものに魂が宿って、擬人化した生き物だね」

「つまり、人の愛着みたいなものが、物へ乗りうつった的な感じですかね」

「ざっくり言うとそうだね。でも、情物の場合、想いの強さが前提になってくるから、生まれた個体に、記憶が無いなんてパターンは珍しい。しかも、行動に悪意を感じないのに、使命が無くフラフラしている種類の生き物は、情物の特性には適さないね」

「ちょっと専門的すぎて、わからなくなってきたんですけど……」

「大丈夫よ運ちゃん。私も全然理解してないから」

「部長さんはしっかりしてくださいよ」

「先生も正直細かいことはさっぱり!」

「大丈夫なんですかこの部活。聖ちゃんさんは」

「ちょっと先生の言う通り、一回叩いて直すやつやってみようか。意外とこういうシンプルな方法が頼りになることもあるしね」

「全員ダメじゃないですか!もう!いいかげんにしてください!」


その後、運ちゃんの頭を誰が叩くかというところまでは話が進んだのだが、三人とも、こんな可愛い子は叩けませんということで、この方法は没になった。

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