第30トイレ 結婚式スタイルじゃないですかこれ

「確かに、私こと、神川綾菜は、針岡聖治のことが好きだった。出会った時からずっと。魔法使いなんてものにならなくたって……」

「うん。それは……。ありがたいし、今でも手を繋いだままなのが、信じられないくらいなんだけど。でも……。あの告白に対して、綾ちゃんは」

「私に追いつきなさい。追いついたら。いつだって奥さんになってあげるからって言ったわ」

「そうだよね。うん……。だから俺は、綾ちゃんに追いつこうと思って、あの日から、オカルト研究部の活動に熱を入れたし、綾ちゃんに告白なんてすることもなく……。今日まで、頑張ってきたんだけど」

「……そこがもう、違うのよ」


今なら、綾ちゃんの言いたいことがわかる。

だって、こうして手を繋いでいる綾ちゃんは、露出している肌が全て赤くなっていくんじゃないかってくらい、恥ずかしそうにしているから。


まるで、自分が告白したかのように。


「でも、そうすると俺は、まだ告白できないってことになっちゃうよね。こんな無理してまで、その……」

「聖ちゃん。私のこと、なんだと思ってる?」

「答えにくい質問だな。その意図がわかってからじゃないと、綾ちゃんを満足させられるような答えは出せないと思う」

「強引でも良いから、満足させてほしいのよ。どんなに雑だって、もう私、ずっと待ってるのに。聖ちゃんは、これ以上私を待たせて、どうしたいの?もうとっくに食べごろの干物になってるのに。このままじゃ、風に飛ばされて、カラスの餌になるのがオチだわ」

「強引、と言いますのは。えっと、綾ちゃんがさっきから、半身をこちらに寄せていることと、関係するのかな」


俺の問いに、答える代わりに。


半身どころか、綾ちゃんの全身が、俺を優しく包み込んだ。

こんな風にされるのは、いつ以来かもわからない。


とにかく俺は、綾ちゃんに抱きしめられている。

綾ちゃんの匂い、感触、肌触り、熱。


もしかして、これはいかがわしい行為なんじゃないかと錯覚してしまい、途端に恥ずかしくなってきた。


「綾ちゃん。運ちゃんが見てるからさ。やめようよ」

「見てないわよ。運ちゃんは私。そう言えば、その答えを、聖ちゃんからまだ聞いてなかったわね。さすがにわかったのでしょう?」

「わかってるよ。運ちゃんは……。綾ちゃんの、恋心だ」

「そうよ。正確に言うと、私の恋心の一部を、物に憑依させて、擬人化させた」


それが、俺のハンカチということか。


結局、形は違えど、擬人化であることに変わりはなかったらしい。


「どうしてわざわざ、ハンカチを選んだのかな」

「あのハンカチで、テニスボールを包んでいたのは、聖ちゃんも気づいてるわよね。そして、ボールには私の思いが、ハンカチには、聖ちゃんの思いがつまっていた。あれは私たちなのよ。だから、擬人化するのも簡単だった」

「待ってくれ。それならボールの方が選ばれるはずじゃないか?ハンカチを擬人化させたら、俺が生まれてくることになる」

「……使ってたのよ。聖ちゃんを思い出しながら。私が」

「……えぇ。なんじゃそりゃ」

「どうせ理解できないわよね。その程度なのよ。聖ちゃんの私に対する想いなんて」

「それは……。わからないだろ?俺だって、ずっと綾ちゃんのことが、本気で好きだったはずだ。少なくとも、五回告白するくらいにはな」

「でもね。あなたのことが好きすぎて、その気持ちを擬人化させられるくらいの愛なの。これに追いついてるって、本気で言えるのかしら」


言えるわけがない。強すぎる。

綾ちゃんは、ベールの下に、こんな顔を隠していたみたいだ。

そして、これが隠し事で。

運ちゃんの正体は、その恋心で……。


「じゃあ、運ちゃんを作った意図ってさ、俺に綾ちゃんから告白するためってことなの?」

「それは違うわね。告白はしないわ。聖ちゃんが……。私に追いついて、告白してくれればいいのよ」

「わざわざ、それを言うために、こんな大がかりなことを?」

「それ、ね」

「ちょっと、綾ちゃん。もぞもぞしないでくれる?」

「もぞもぞしてないわ。この男は私のものだって、マーキングしてるのよ」

「……今さら、誰に取られるっていうのさ」

「知ってる?魔力って、恋心からも錬成できるのよ」

「何で急に、魔法使い豆知識を披露したの?」

「それはね」

「……え、お二人とも、何をしちゃってるんですか?」


運ちゃんが、復活した。

しばらく活動を停止していた運ちゃんからすると、いきなり綾ちゃんが俺に抱き着いて、顔を俺の胸に埋めている。という状況が、目に飛び込んできているのだ。

目をパチパチと動かしながら、自分が故障したんじゃないかと疑う運ちゃんは、それでもやがて諦めて、俺の手をゆっくりと離した。


「お二人とも、結ばれたんですね。私は嬉しいです。綾ちゃんさんの恋心として……。ん?綾ちゃんさんの恋心として!?何ですかこれ!脳みその中に、私の存在がデカデカと表示されてます!」

「ちょっとうるさいわよ」

「すいません」

「こうして聖ちゃんに抱き着いてるから、運ちゃんに重たいデータも送りこめるのよ」

「なるほどね。運ちゃん。よかったじゃん」

「そんな幸せそうな顔しながら言われても、ちょっとむかつくだけですよ」

「俺、そんなに幸せそうな顔してる?」

「はい。宝くじで、一等が三つ当たったみたいな顔してますよ」

「それは多分全部偽物だね」


でも、ずっと好きだった人に、私の方があなたのことが好きだなんて言われたら、幸せな気持ちにならない方がおかしいと思う。これは人間として、正しい反応だ。


「それで、私はどうして、再起動されたのでしょうか」

「決まってるじゃない。私の体に戻ってもらうためよ」

「え、その、自然に戻せないんですか?魔法ですし。こう、びゅいーん!みたいな感じで」

「両手が使えるようになったからって、わざわざ大げさなアクションを取らなくてもいいよ?」

「なんですかその冷静な言い方!ムカつくので、やっぱり私も手を繋ぎます!」

「待ちなさい。誰の男に触ろうとしてるのよ。ぶん殴るわよ」

「いいんですか?私はあなたの恋心。殴るなんてしたら、きっとあなたが傷つきますからね」

「そんな設定はないわよ」

「あ、無いんですね……。あるかなぁって思って」

「何その意味の無い博打」


ギャンブル精神 S

もし仮に運ちゃんが生き物だったとしたら、面白い生態調査表になったんだろうな……。


「でも、いいじゃないですか。繋いだって。綾ちゃんさんならわかるでしょう?私のこの気持ちが」

「やめなさいそんな。可愛らしい顔をこちらに向けるのは。失敗だったわね。もっと不細工に作るべきだった」

「聖ちゃんさんは、人を外見で判断するような人じゃありませんよ!」

「よく言うわね。私みたいな性格の悪い女を、いつまでも愛してくれている男なのよ」

「綾ちゃん。自分の分身と喧嘩するのはやめない?」

「そうですよ!私たちは、仲良くするべきなんです!」

「別に、あなたこのまま切り離してもいいのよ?聖ちゃんへの気持ちは、十分足りているわけだし」

「ぐぬぬぬぬぬ。ぬぬぬ。ぬ~」

「なんかは言おうよ」

「あなたを再起動したのは、ちゃんと理由があるのよ」

「いきなりメインストーリーが進みだしたね」

「運ちゃんが私の体に戻るためには……。とある光景を、見せないといけないのよ」


ゆっくりと、俺から体を離し、その代わりなのだろうか。空いている方の手を欲しがる綾ちゃんに、俺は素直に手を差し出した。

結局、最初の状態に戻ったことになる。


「とある光景、とはなんですか?」

「ここよ。ここ」

「……唇、ですね」

「そう、唇」

「綾ちゃん、まさか……」

「そうよ、聖ちゃん。私たち……。キスをするの」

「……ふ、ふーう!」

「運ちゃん。無理に盛り上げなくていいから」


とはいっても、その無駄な盛り上げが、今は一番欲しいものなのかもしれないと気が付いたのは、綾ちゃんの表情を見てからだった。


何とも言えない。感情が色々混ざっているように見える。

俺は、どんな顔をしているだろうか。


「聖ちゃんから、して?」


……むしろ、どんな顔を、すればいいのだろうか。




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