第28トイレ あの日と同じ服なのに、気が付いてくれなかったわね。

「……ここは」

「そうだよ」

「そうですよね。はい」

「インターホン、押したら?」

「え、わ、私ですか?いや私は人見知りですからね。向いてないと思いますよ」

「人見知りかどうか判別できるほど、まだ人と接してないでしょ?」

「そうですけど……。いいんですか?」

「連絡はしてあるよ。なんなら鍵は開いてるかもしれない」

「じゃあ、そのまま入ればいいんじゃないですかね」

「非常識でしょ。田舎じゃないんだよ?」

「このタイミングで常識の話をされるとは思いませんでしたよ。反省しながら押すことにします」


空いている方の手で、インターホンを押す運ちゃん。


「随分と仲良しさんになったようね。もうエッチは済ませたのかしら」

「インターホン越しにする会話じゃないよ。綾ちゃん」


そう。俺が最後に綾ちゃんにフラれた場所は、綾ちゃんの家だ。

一軒家である綾ちゃんの家は、昔と今で、特に変わったところなんてなくて、だからこそ、最後の告白に関しては、一番記憶が濃いのかもなぁなんて思いながら。

でも単純にそれは、一番記憶の浅いところにあるからってだけじゃないのかなんてことも考えつつ。


「入りなさい。鍵は開けておいたわ」


俺はゆっくりとドアを開いた。なぜゆっくりなのかと問われると、それは精神的な理由が大きい。物理的問題が発生するほど重い扉でもないので。


「聖ちゃんさん。深呼吸しましょう。緊張してますよね」

「してないけど……。何で緊張なんてする必要があるの?」

「わかりますよ。私たち、手を繋いでるんですから。言い訳なんてできるはずがないじゃないですか」

「多分それはほら。運ちゃんの緊張が俺に移っちゃってるんじゃないの。ちゃんとマスクしないとダメだよ」

「そうね。私も魔法風邪を遷すといけないから、マスクをするべきかもしれないわ」

「うわびっくりした。そこにいたのか」


天井に忍者のごとく張り付いた綾ちゃんが、華麗に降りてきて、床に着地した。


「甘いわよ聖ちゃん。私が武器を持っていたら、今頃打ち抜かれていたわ」

「そんなことしなくても、魔法で遠くから俺くらい倒せるでしょ」

「良く見抜いたわね。合格よ。入室を許可するわ」

「相変わらずお二人の会話は、よくわからないですね……」

「あら、そうかしらね。じゃあそこのラブラブカップルさんは、いったい普段どんな会話をするのかしら。気になるわ」

「綾ちゃん」


このままだと、運ちゃんの言う通り、俺たちの得意な、よくわからないテーマの会話が伸びていきそうなので、早速本題に入ろうと思う。


「今日はさ、俺、綾ちゃんに最後告白しようとした時のことを、思い出そうと思ってて。ちょうどあの日も、そこの部屋にいたんだよな」

「……」

「綾ちゃん?」


綾ちゃんが、なぜか俺の方を見たまま固まっている。ベールの無い綾ちゃんには、表情の変化があるのだけど、今は、びっくりしたような表情だ。


「え、ごめん。俺、そんなに変なこと言っちゃったかな。どうだろう運ちゃん」

「……」

「運ちゃんも?」


こうして、美少女二人に、無言で見つめられる針岡聖治が誕生した。


いやいや何この状況。しかも二人とも同じような表情をしてるし。


「まず、綾ちゃんに訊こうか。どうしちゃったの?」

「どうもしないわよ?私は至って平常心だわ」

「平常心の人は、平常心って言葉を使わない傾向にあると思うね」

「だって、まさかこんなに早く結論に辿りつくとは思わなかったもの」

「へ?結論?」

「……え?」


一度いつもの顔に戻った綾ちゃんが、また驚きモードになってしまった。


「ごめん綾ちゃん。それわざとやってるの?」

「魔法が無い私にとって、意図的に表情を操るというのは、無理な話よ。ちゃんと心と連動したものを提供してるわ」

「じゃあ、今のところの俺の発言は、驚きの連続って言うことなんだな」

「認めざるを得ないわね。認めたくない気持ちだけは自信があるのだけれど」

「俺がいまいちピンと来てないから、とりあえず運ちゃんに、あの時の状況を説明させてくれないかな」

「悪趣味ね。女の子を二人も同時に攻略しようとするなんて」

「あの、私にはおかまいなく。お二人で会話をたくさん楽しんでください!手さえ繋いだままでいてくれるのなら、一向にかまいませんので!」

「そうね。じゃあ、私はもう片方の手をいただこうかしら」


廊下で、二人の美少女に手を繋がれ、立ち尽くすという、謎の状況が出来上がったところで、あの日の出来事を話すことにした。


「さっきも話した通り、あれは中学に入ってすぐくらいに起きたイベントだった」

「待ちなさい聖ちゃん。これ、せっかく私がいるんだし、再現VTRにしたらどうかしら」

「それはフッた側のあまりに強すぎる主張じゃないかな」

「そうかしら?多分、私の方がセリフが多いわよ?」

「見る側の私としても、その方がとてもありがたいです。そして、フラれる側の聖ちゃんさんも、色々ヒントを得る上では、重要なことなんじゃないかなって、私も思います」

「多数決か。仕方ないね」


運ちゃんの名前決めで、多数決を採用したことが、ここで裏目に出たな。民主主義である以上は、従わないといけない。


「とはいってもさ、どういう風にすればいいのかな。そもそもきちんと再現するなら、そこに運ちゃんはいなかったから、手を離さないといけないよ?」

「よそはよそ。うちはうちです」

「それはそれ、これはこれ。じゃない?」

「すいません間違えました。かなり動揺しているので」

「別に、セリフを再現するだけよ。ビジュアルも意識しようと思うと、服装さえ変える必要があるわ。でも、今の私は、できれば無駄な魔法を使いたくないし、現実的な話ではないわね」


現実的云々でいくと、こんな美少女二人に手を繋がれている状況が、果たして本当に現実なのだろうかと、疑問に思うことはありますけど。そこは触れずにいくか。


「わかったよ。じゃあ運ちゃんはそのままでいいとして……」

「どうかしたのかしら」

「綾ちゃんは、いつまで俺の手を握ってるつもりなのかな」

「いつまでって、聖ちゃんの手は、時間制限とかあったかしら。あるなら顔に書いておいてほしかったわね」

「あったとして顔には書かないと思うよ。その……。顔赤いよね。綾ちゃん。照れてるの?」

「照れてるわよ。すごく。だって、思い出してみて。ナチュラルにつないだけれど、それこそこうなるのって、その日以来だから」

「……うわ。そうじゃん。やばいな」


そう言われると、こっちも顔が赤くなってくる。

ちょっと指示語が多くなったけれど、こうなるというのは、手を繋ぐこと。そして、その日というのは、もちろん、俺がフラれた日のこと。


男子が年齢を重ねた上で、それでもまだ恋人ではない人と手を繋いでいたら、それはそれで微妙な気もするけれど、確かに指摘されたように、俺が綾ちゃんと手を繋いだのは、フラれた日が最後だ。


「何でしょう。私もうっかり照れてきちゃいました。お二人の照れがうつったんですかね。なんだかとってもムズムズします」

「大丈夫?漏らす前にトイレに行った方がいいわよ?」

「久々のトイレネタですね。あの、トイレで私が生まれた真相とか、早く知りたいので、話を前に進めてくださってもよろしいでしょうか」

「あのさ運ちゃん。これの先に、答えが出てくるかなんて、わからないからね。過度な期待は」

「出るわよ」

「……出るらしいよ。よかったね運ちゃん」

「よかったですね。聖ちゃんさん」


そんなこんなで、いよいよ俺たち幼馴染二人による、最後の告白再現ドラマが、始まろうとしていた。

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