第27トイレ こっちの方がよほど吊り橋よ
「運ちゃんはさ、映画っていうモノに関しての記憶って、どのくらい残ってるの?」
「そうですね……。例えば、いわゆる有名どころの作品に関しては、ある程度残っているような気がします。綾ちゃんさんが見たことのある作品は、多分全て入ってるんじゃないですかね」
「綾ちゃんって、どういう映画を見るんだろう」
「え、ご存じないんですか?ほほう。これは私、聖ちゃんさんに対して、上から出ることができそうですね」
「なんかムカつくけど、まぁいいや。そういうわけで、映画館に来たわけだけど」
四回目の告白。
もちろん、当時やっていた映画はもう終了しているし、そもそも再現のためだけに映画を見るのは、時間的にもメリットが薄い。映画監督も、そんな視聴者がいるなんて知ったら、気分を害するだろう。
「ポップコーンの良い匂いがしますね。映画館はやっぱりこれだと思います」
「食べたいなら買ってあげるよ。俺もなんとなく匂い嗅いだら食べたくなってきたし。ついでで」
「ちょっと待ってください。それは暗に、私の作った弁当では物足りなかったとうことを示してませんか?」
「それとこれとは別でしょ。文字通り、甘いものは別腹ってよく言うじゃん」
「そんなこと言って、聖ちゃんさんが塩味のポップコーンを頼んだら、私ものすごく怒りますからね?」
「微妙に引っかかるポイントがズレてると思うんだけどなぁ」
シンプルに、あの分量が別腹は無理があるでしょ。とか言ってほしかったんだけど、生まれて間もない運ちゃんには難しかったようだ。
「いやうん。だから、運ちゃんが食べたいやつを頼んでくれたら、それを少し分けてもらおうかなって思っただけなんだよ」
「なるほどそういうことでしたか……。でも私は大丈夫です。間食は肥満の元なので、我慢します」
「別に我慢しなくてもいいでしょ。一番小さいサイズなら、そんなに大きくないし」
「もしかして聖ちゃんさんは、太ってる女性の方が好みなんですか?そんな風にして太る方向に押してくるなんて」
「何十回でも何百回でも言うけどね。俺は綾ちゃんが好きなんだってば」
「そんな綾ちゃんさんにフラれた時のシチュエーションを教えてもらえますか?」
絶対運ちゃんは司会とか向いてないと思う。進行がへたくそすぎて、トークテーマに移りづらいし。
「四回目の告白をしたのは、もうすぐ中学生って時期だった気がする。中学生になる前にもう一回しておこうみたいな考えだったんじゃないかな」
「私知ってますよ。それって、記念受験ってやつですよね?あってます?」
「あってるけど大変失礼な例えになってるから、他の人の前でしないようにね?」
特に阿岸先生に対してそういうことをやると、まれに大事故に発展するおそれがあるので、要注意だ。地雷を踏んだ時は、綾ちゃんに丸投げするのが吉。
「このころにはもう、ほとんど自分に見込みがないってことも気が付き始めてたんだよ。綾ちゃんはどんどん美人になっていくし。風の噂で、俺意外にも告白されてるってのは聞いてたから、時間の問題だろうなって」
「切ない話ですね。あの、私重要なことを訊き忘れていたのですが、今綾ちゃんさんって、彼氏がいるのでしょうか」
「いないと思うよ。ていうか思いたい。あれだけほぼ毎日俺と過ごしてて、それでも彼氏に割く時間があるのだとしたら、分身してるだろうな」
「そうですよね。だって綾ちゃんさんは、私を作りだせるくらいなんですから、自分のコピーなんて、ササっと作れちゃいそうです」
「嫌な話だな。これはもう考えないでおこう。それがいい」
「わかりました、聖ちゃんさんがフラれた話と、今の綾ちゃんさんに彼氏がいるかなんてことは、全く関係ないですもんね」
純粋無垢な表情で、俺の手にずっと柔らかい感触を供給し続けてくれている運ちゃんからは、やっぱり悪意なんてものは全く感じ取ることができないけど、だからこそそういう無自覚な言葉の刃が、俺を傷つけているのだ。
今のセリフは捉え方次第では、お前なんてノーチャンスだぞ。と言ってるようにも思えなくないのだから。
「ごめんなさい。話が逸れてしまいました。告白のシチュエーションを教えてください」
「普通の休日だったんだけどね。告白なんてするつもりじゃなかったんだ。映画を見る。ただそれだけのために、ここを訪れた」
「それでそれで」
「俺は戦隊モノが見たかったんだけど、休日で、来た時間が遅かったこともあってか、まさかの満席だったんだ。それなら綾ちゃんの見たいやつをってことで、選んだのが……。ちょっとした、恋愛ものでさ」
「意外ですね。綾ちゃんさんは、そういうものには興味が無いのかと」
「今はどうかわからないけど、昔は結構好きだったっぽいよ。読んでる小説も、同い年の子が好んでいるようなものと、そんなに変わらない印象だったし」
そう考えると、昔の綾ちゃんは、今よりも少し人間臭さがあったような気がする。もっと色々楽しんでいたというか……。
そりゃあ今もある程度は趣味的なものはあるだろうけど、成長の自然な過程以上に、綾ちゃんのそういうものへの興味は薄れていっているかもしれない。
「ベールを纏ってるせいもあるだろうな。魔法も進化してるし」
「そこだけベールをオフにすればいいんじゃないかと思ってしまいますね。難しい技術なんでしょうか」
「難しくはないんだろうけど、単に面倒なんじゃないかな」
「面倒、ですか……。その評価は合っていると思うんですけど、でも、聖ちゃんさんは、そうなっていく綾ちゃんさんに対して、何も言わなかったんですか?」
「まぁ、単にベールのせいもあるし、なにより本人が望んでそうしてる以上は、俺に何かを言う権利もないだろうと思ってさ……。五回もフラれてるわけだし」
「げ、元気出しましょう。話が逸れましたね!えっと、四回目にフラれた話に戻りませんか?」
「本当に元気出してほしいと思ってるのかな。まぁいいや。で、その映画の中で主人公が、何回フラれても、俺は君のこと諦めないから!なんて、言うから、それで火がついちゃって」
まだ、エンドロールが流れている最中だったと思う。
俺は、周りの目なんて気にすることなく、綾ちゃんの腕を掴んだ。
「……普通に、告白したよ。今思うと、五つの中では、これが一番告白らしい告白だったな」
「良いシチュエーションですよね!恋愛映画を見て、お互い気持ちが高まっているところで、愛の告白……。綾ちゃんさんの返事は?」
「エンドロールの最中に喋らないで。迷惑でしょ?」
「……あの、聖ちゃんさん。それは正論でしたね」
「全く持ってその通りなんだよな」
振り返るまでもなく、シンプルに俺が悪いし、フラれて当然だった。
「よし。うん。なんか虚しくなってきたし、最後のフラれスポットに行かないか?」
「いよいよですね。聖ちゃんさんがそれ以降告白することを諦めた……。そして、二人の今後の関係性を定めてしまった出来事が起こったと言われる」
「変な広告つけるのやめてくれる?」
「あの、もし辛かったら、私がちゃんと頭を撫でながら慰めてあげますから。いつでも言ってくださいね?」
「今そんなことされたら、一週間くらい甘えつづけちゃいそうだからさ。やめておくよ」
「別に、いいじゃないですか。それでも」
「ちょっと。運ちゃんさん。腕に抱き着いてくるのはマズいんじゃないかなぁと思いますけれども」
「私もそう思います。映画館に来て、チケットを買うわけでもなく、ただ休憩スペースでイチャイチャしてるだけのカップルなんて……。あれ、結構いますね」
「行こうか」
周りのカップルに、なんとなく嫌な顔をされたのがわかったので、さっさと移動してしまうことにした。
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