第26トイレ 涙を枯らす魔法はあるのよ
「で、偶然にも三か所目のフラれスポットは、この大きな公園なんですね」
「ようこそフラれスポットへ。俺が初めて、ちゃんと告白した上でフラれてしまった、記念すべきフラれスポットへ」
「私が悪かったです。ほら、お弁当食べて、元気出しましょう?」
「そうだな。お弁当を食べよう」
しっかりと、あの時俺と綾ちゃんが座っていたベンチに座ることで、詳細な出来事を、できるだけ思い出そうとしている。
「あれは……。今日みたいな休日だったな。シチュエーションとしては、二人で遊んで、休憩かなにかのために、ここに座ったんだと思う」
「なるほどですね……。確かに、ここは遊び場からは少し距離があるので、休日といえど落ち着いたスペースだと思います」
「あるいは、俺がフラれたことで、フラれ椅子なんて名前が付けられて、ここに座ったカップルは必ず分かれてしまう。みたいな噂があるのかもしれないな」
「そんな大イベントじゃないですよね。聖ちゃんさんがフラれたことって」
「俺と運ちゃん、そろそろ分かれるって笑われてるかもな」
「被害妄想が何重にもなっていて、すごく不気味です。もっと前向きに生きましょう?」
「こんな企画で前向きになれる方がどうかしてるからね。じゃあ、いただきます」
運ちゃんの作ったお弁当はシンプルだ。卵焼きやウィンナー。鮭の切り身。ほうれん草……。などなど。
「食べるからさ、手を離してもらえない?」
「違いますよ。いい方法を思いついたんです」
「違いますよ?っていう返しはどう考えてもおかしいと思うけどな。一応考えを聞こう」
「私が全部食べさせてあげます。それでいいでしょう?聖ちゃんさんは口を動かすだけでいいんです。画期的な発想じゃないですか?」
「確かに仕組みだけ見れば大変画期的だけど、精神的な側面が全く考慮されてないのはどうかと思う」
周りに人は少ないと言えど、いないわけじゃない。普通に、散歩しているおじいちゃんおばあちゃんも、家族連れもいる。
人に羞恥心があるのなら、ここで使わない手はないだろう。
「あのね運ちゃん。そもそも口に、自分の意志とは関係なく、定期的に物が運ばれてきたら、話すものも話せないと思うんだ」
「大丈夫ですよ。餅つきの如くタイミングを合わせて、口に入れますから。聖ちゃんさんは、好きなように話してください」
「そう?じゃあ、とりあえず話を始めようかな」
なんて言った途端、口に卵焼きを放り込まれて、全くタイミングが測れていないことを感じ取りつつ。
まぁゆっくりでも話そうと思う。
「えっと、最初は世間話だったんだよ。こないだのテストがどうだとか。昨日○○くんがどうだとか。小学生の会話だし、それが普通だと思ってた」
どうやら相槌の代わりに、食べ物が口へ放り込まれる仕組みらしい。リズム天国かよ。
「だけど、俺からすれば一歳年上の綾ちゃんって、その時すごく大人に見えたんだよな。だから、普通に会話してただけなのに、なんか無性に反抗したくなっちゃって」
鮭。
「思ってもないのに、綾ちゃんのことなんて好きじゃないからな!とか、苦しいセリフを吐いちゃったんだよ。そしたら綾ちゃん、普通に泣いちゃってさ。あの綾ちゃんがだよ?まぁ、今ならすぐに、嘘泣きってわかるんだけどさ。でも、ビビるじゃん。俺、まだ小学校五年生だったし。ちゃんと謝って、その時うっかり……。嘘だよ。好きだよって言った」
「あの、それって告白ですか?ただ発言を覆しただけのようにしか思えませんが」
白飯。
「でも、その後綾ちゃんが、ニコニコしながら、嘘泣きでした~!なんて言いつつ、ごめんね聖ちゃん。聖ちゃんには、私はまだ早いと思う。って返してきたんだよ」
「あ、なるほど。フラれたことによって、それが告白であることが確定されてしまったと」
「そういうことだな。だから……。何ていうの。クーリングオフみたいなね」
「ごめんなさい。つい最近この世に生まれてきた私でも、その例えは芯食ってないことがわかります」
「これで俺は心がポッキリとさようならしてしまって、そこから一年間告白することはなかったんだ。その間に綾ちゃんは中学一年生になったし、俺は小学校六年生になった」
もちろんその間も、俺と綾ちゃんはオカルト研究部の活動を一緒にしていたし、そうでなくても、お互いの家に遊びにいくのが普通だった。
仲は良かったと思う。でも、それは主に、綾ちゃんが俺のことを、やっぱり年下男子としか思ってなかったからだ。
……実際、その関係性のまま、今日まで来ちゃってるところもあるしね。
「なんだか、今までの中では一番あっさりしてましたけど、心にクるものは大きいような気がします」
「審査員か何かですか?」
「違います!私なりに聖ちゃんさんと綾ちゃんさんに、共感しているんです!」
「ちょっと待ってくれない?なんで綾ちゃんにも共感してんの?」
「だって……。なんでしょう。わかるんですよ。女の子だし、私は綾ちゃんさんから生まれた生き物だから」
「もう少し具体的に話してくれないかな」
「ですからね?きっと綾ちゃんさんは、そういう部分にも、聖ちゃんさん本人で気が付いてほしいと思ってるんじゃないですか?ってことです。わかります?」
「ごめん全然わからないわ」
そして、ほうれん草。
歯の裏に残る独特のギシギシ感を得ながら、思考する。
運ちゃんは、綾ちゃんの作ったものだから、言語化しなくてもわかってしまう何かがあるのだろう。
そして、この反応も、俺はヒントとして、考えなくてはいけない。
運ちゃんが作られた理由。綾ちゃんの隠し事。
自分で気が付かなければ、ゲームオーバーだ。
「なぁ運ちゃん。もし俺が、ばっちり綾ちゃんの希望に答えられたら、綾ちゃんは……。俺のことを、一人の男として、見てくれるのかな」
「それは、過去の話ですか?それとも今の話ですか?}
「当然今の話だよ」
「もちろんですよ。綾ちゃんさんは、そうなりたいと願ってると思います。だって、そういう気持ちでもなければ、魔法風邪にかかってまで……。ベールを脱いでまで、聖ちゃんさんに挑もうなんて、考えないですもん」
「そうだよな……」
運ちゃんの思いつきで始まった、この俺のフラれメモリーの回収だけど、偶然にもメインストーリーの進行に関わっていく道だったらしい。
だって俺は、少しづつだけど、掴みかけているから。
そしてそれは、残り二つのフラれスポットを巡ることで、辿りつけるんだと思う。
「じゃあ運ちゃん。次に行こうか」
「待ってください。私にもあ~んしてくださいよ」
「まさか、弁当全部やれなんて言わないよね?こんなことお互いやり合ってたら、日が暮れるどころか、日の出が見れちゃうよ」
「それは卑怯ですよ!亭主関白って言うんですそういうの!」
「あんなに巻きたがってたのに。どうしちゃったのさ」
「こ、これがしたかったから、巻いたんじゃないですか!もう!乙女心を察してください!」
まぁ、そんな可愛らしい顔で頼まれたら、断るのも難しいのが現実だ。
綾ちゃんもこれだけ素直だったら、こんなクイズを出題しなくて済んだのかもしれない。
運ちゃんの口元に卵焼きを持って行きながら、色々後悔する俺だった。
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