第25トイレ 約束したのに……。
「な、なんだか怪しい場所に来ましたね」
「あのころよりはだいぶよくなったけどね。普通に学生さんも歩いてるし……」
俺たちが次に訪れたのは、通称駅西と呼ばれている、読んで字のごとく、駅の西にあたるエリアだ。
昔は風俗街的な印象が強くて、大人の行く場所だったんだけど、最近どうやら方向性を変えたらしく、若者向けの居酒屋さんや、カラオケ店なんかも増えていて、そこまで危ない雰囲気ではなくなっていた。
「えっと、ここで聖ちゃんさんは、綾ちゃんさんに告白を?」
「そうだよ。まぁ、あの時は奥の道まで入る勇気が無くて、この今俺たちが立ってる、大通りに面した道でしたんだけど」
「なんでわざわざ、そんな危険な場所で告白しようなんて考えたんですか?とてもじゃないですが、小さい子供が選ぶべき場所とは思えませんが」
「運ちゃんはさ、吊り橋効果って知ってる?」
「えっと……。あれですよね。危険な吊り橋では心臓がドキドキして、それを恋による反応と勘違いしてしまう~みたいな。例の本に書いてあったから、知ってますよ。……って、もしかして」
「そうだよ。それを利用したくて、わざわざこういう危ない匂いのする場所を選んだんだ」
「考えましたねぇ針岡少年。綾ちゃんさんに対しての想いが伝わってくるようですよ」
まるで小バカにしたようなセリフに聞こえるかもしれないけど、綾ちゃんと違って、運ちゃんは本心でこういうことが言える純粋な子だ。本当に、どうしたらあの悪魔から、こんな天使が生まれてくるんだろう。魔法って不思議。
「運ちゃんならわかってくれると思ったよ。そう。あのころの針岡少年は、何度も言うけど活発で、そういうちょっとしたことを思いつきで実行できるような人間だったんだよな」
「で、フラれてしまったと」
「二ページ目で物語を完結させるのやめてもらえないかな」
「ご、ごめんなさい。悪気はなかったんですけど……。でも、今日だけで全部のフラれスポットを回りたいので、あんまり一つの場所に時間を使っていられないなぁなんて」
「格安バスツアーみたいなスケジュールになっちゃってるけど」
「いえ、もっと酷いですねこれは。プロレス団体の興行くらいじゃないですか?」
「わざわざマニアックな方で例えなくてもいいのに」
確かに髪の毛の色の奇抜さからして、プロレス好きっていうキャラクターがあっても違和感はないけどさ。
……あと、ナチュラルにフラれスポットとか言ってきたのは、根に持っておこうかな。
「ここではどんなフラれかたをしたんですか?」
「聞きたい?」
「え、どうして急に勿体ぶるんです?」
「だってさ。俺は身を削って自分がフラれた時のことを話すのに、運ちゃんはただ聞くだけって、ズルくない?フェアじゃないと思うなぁ」
「じゃあ、どうすればいいんですか。言っておきますけど、手を離すのは無理ですからね?」
「それで済むならぜひ受け入れておくべきだと思うんだけど」
「無理です!もう!聖ちゃんさんは本当にデリカシーが無いですね!」
「だから五回もフラれたんだろうね~」
「ちょっと!私が悪かったですから!いじけないでください!」
冷静に考えてほしい。かつて五回もフラれて、諦めたんだ。
その思い出の封印を、無理やり解こうとしている。辛くないわけがなくない?ほんと帰りたい。でも、これをしないと、綾ちゃんの隠し事には近づけない気がするので、ちゃんとやろう……。
「……まぁ、いざ話そうとなると、大した話ではないんだけどね」
「聞きます」
「さっき説明したとおり、吊り橋効果作戦で、綾ちゃんをここに呼び出した俺は、結局怖気づいて、この道で立ち往生しちゃったんだ」
「なるほど……」
「で、運が悪いことに、ちょっと混乱していた俺は、強面の人にぶつかってしまった」
「ありゃりゃ」
「そっからは……。喧嘩を売ってきた強面男を、綾ちゃんが魔法で一ひねり。なんとか助かったんだけどさ。その時の綾ちゃんが、俺に放ったセリフまで、三、二」
「あ、そういう演出はいいですから。巻いてください」
「いつからディレクターになったのかな運ちゃんは」
最近完全にボケとツッコミの主従関係が逆転してしまっているのは、きっと運ちゃんが積極的に迫ってくるせいだと思う。自然に受け身体制になってるし、いつか逆転したいところ。
「綾ちゃんね。弱い男は嫌いだわって言ったんだよ」
「うわぁ……。キツイこと言いますね」
「てなわけで、告白するまでもなくまたフラれちゃったってわけ」
「あの、聖ちゃんさん。さっきから二回連続告白できてないですけど、大丈夫なんですか?告白した場所って聞いて連れてこられたんですけど」
「安心してくれ。次の場所で俺はついに、告白してちゃんとフラれる」
「フラれることにちゃんとも何も無い気がしますが……。期待するとして、えっと、ちなみに、この場所でフラれたのは、いつ頃の話なんですか?」
「そうだなぁ。初めての告白から、一週間後くらいだと思う」
「色々思い出してみてくださいよ。なにかヒントがあるかもしれませんよ?」
「う~ん……。そうだなぁ。綾ちゃんがその時期、魔法で家を作るのにハマってたとか、そういうのはあるけど」
「なんですかその面白エピソードは。ぜひ話してくださいよ」
別になにも面白いことなんてないけれど、運ちゃんがやけに食いつきよく、こちらにウキウキの視線を向けてくるので、話そうと思う。あれ、巻いてるんじゃなかったっけ?
「大した話じゃないよ。普通に、よく小学生が作る、秘密基地的なヤツをやろうとしただけ。でも、そこに魔法が加わることで、お城みたいな建物作ってさ……。そういえば、あの時も魔法風邪に……」
「……聖ちゃんさん?何か思い出しましたか?」
「あ、あぁいや。別に。懐かしいなぁなんて思ってただけ」
「さすがにそれは嘘ですよ。ちゃんと話してください。じゃないと、次の場所で食べる予定のお弁当は没収ですからね?」
「なんて極悪非道なこと言うんだよ。わかった。ちゃんと話すから」
満足そうに頷く運ちゃんに対し、俺は敗北感を覚えた。
「お城の家は目立ちすぎるから、作った日限りで壊したんだけど……。その時に交わした会話を、ちょっと思い出してさ」
「どんな会話ですか?」
「……綾ちゃんが、こういう家で、俺のお嫁さんとして過ごしたい。みたいな」
「え……。それって、両想いじゃないですか。どうして聖ちゃんさんは、二回もフラれてしまったんです?」
「多分、冗談だったんでしょ。だって……」
だって……。
……いや。
そのお城を作った時も、綾ちゃんは魔力を使いすぎて、翌日魔法風邪を発症してしまい、学校を休んだ。
そして、お城を建てている最中、すでに綾ちゃんは、魔法風邪の初期症状が出ていたような気がしないでもない。
それで、ベールが崩れかかっていた綾ちゃんの、そのセリフを言った時の表情って……。どうだったかな。
「……だって、なんですか?早くしてください巻いてるんです」
「都合の良い時だけ巻くのは良くないよ。いや別に、あの時も綾ちゃんは真顔だった気がするなぁって、思い出しただけだから」
「そうですか……。でも、少なからず好意がなければ、そういう発言はしないと思いますし。きっと脈ありだと思います」
「そこから三回もフラれるんだけど。これって脈ありかな」
「……次、行きましょう!」
「おい」
誤魔化し方、Fランク。
……それに対して、俺の誤魔化し方も、人のことは言えないレベルだったけど、運ちゃんには通用したからよかった。
あの時、綾ちゃんは、恥ずかしそうに頬を染めていたような気がする。
でも、絶対じゃない。思い出を何とか美化しようと、俺が作りだした妄想という説も否定できないだろう。
とにかく、次の場所に行くことで、また何か思い出せるかもしれない。
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