第24トイレ びっくりしたのよ

「ここは……。バッティングセンターですよね?」

「見ての通りね。でも、今日の目的はそっちじゃないよ」

「え?私、ちょっとバッティングしてみたかったんですけど。ダメですか?」

「どうやって手を繋いだままバッティングするつもりなのかな」

「えへへ。そうですね」


えへへ。が、俺に有効だと気が付いてから、やたらと乱用してくる運ちゃんにうんざりしつつ。俺は受付で五百円払って、卓球のラケットとボールを借りた。

どっちみち、手を繋いだままだと卓球もできないんだけど、あの日を再現ということなら仕方ない。


そう。俺こと、針岡聖治が、初めて綾ちゃんにフラれた場所は、このバッティングセンターの中にある、卓球コーナーだ。


「土曜日だから、もっとたくさん人がいると思ったんですけど、案外空いてますね」

「そうだなぁ。俺が小学生のころは繁盛してたけど、やっぱりスマートフォンには勝てなかったみたいだ」

「全く。最近の若い子はダメですね。ちゃんと運動しないと、健康に悪いです」

「急にめんどくさいおじさんおばさんみたいなこと言いだして、どうしたの?」

「めんどくさいとは何ですか!私は、未来の子供たちのことを思って言ってるのに!」

「わかったから。ほら、これラケットね」

「ありがとうございます」


そして、早速卓球を始めようと、定位置に移動。

そんな俺の横には、運ちゃんが。


「おいおい。ダブルスか?」

「だって~。無理ですよこんなに長い距離離れるなんて」

「比較的距離が近いスポーツだと思うんだけど」

「別に、卓球まで再現しなくていいので。えっと……。つまり聖ちゃんさんは、ここで綾ちゃんさんにフラれてしまったと」

「そうなんだよ。小学校五年生の春だったな。ほら、小学生ってさ、男女でそこまで大きな差がないじゃん。だから俺、綾ちゃんにスポーツで負けまくってて、悔しかったんだ」

「それは相手が魔法使いだから勝てなかったとか、そういう話ではないんですか?」

「全然。魔法なんて使うまでもなく完敗。あの日も俺は懲りずに、この場所で卓球勝負を挑んだんだよ」


綾ちゃんはどんなスポーツも得意だったけど、特に上手だったのがテニスで、俺はそれを利用した。

今日はテニスで勝負しようぜ!と、あえて綾ちゃんの得意そうな種目でおびき寄せ、油断させて、勝利を勝ち取ろうという作戦。


あ、うんそうだよ。テーブルテニスだから、嘘は言ってないわけよ。


かくして、綾ちゃんをおびき寄せることに成功した俺だったが、綾ちゃんは普通に卓球も上手かったので、見事に完敗。


しかし、俺は勝つ気満々だったので、こんな約束をしてしまっていた。


「それで……。もし俺が勝ったら、付き合ってくれってお願いしたんだ」

「おぉ~なるほど。アツい展開ですね。なかなか小学校五年生が思いつく発想とも思えませんが」

「そうだな。こないだも話したように、あの時の俺はかなり積極的で活発な子供だったし、多分中二病の先行配信がスタートしてたんだと思う」

「で、負けてしまったから、そのままフラれてしまったと」

「それが、そうじゃないんだよ」


持ってても仕方ないので、ラケットとボールをボードの上に置いた。


「実はね……。その勝負を始める前に、嫌だって言われちゃったんだよ」

「嫌だ?何がですか?」

「……そもそも、俺と恋人になるのが、嫌だってさ」

「キツイですね。私、失恋したことないですけど、気持ちとってもわかります。想像しただけで、胸が痛くなりますもん」

「今俺に告白したら、もれなくフッてあげるよ?」

「めちゃくちゃなこと言いますね。言っておきますけど、この私の恋心は、綾ちゃんさんのせいですから。私の意志は関係ありません。私はもっとですね……。髭を蓄えている、たくましい人が本当は好きなんですよ」

「ごめんごめん。でもまぁ、そういう感じで、結局卓球もボロ負け。心身ともに傷を与えられたっていうのが、最初にフラれた思い出かな」


今思い出しても惨めだ。でも、俺はここからまだ四回も挑戦するらしい。


「あの、これを訊くのを忘れていたのですが、聖ちゃんさんは、綾ちゃんさんのどこを好きになったんですか?」

「どこってなぁ。じゃあ、運ちゃんは、俺のどこが好きか言える?」

「ですから、私の好意はそういうのじゃないんです。麻薬中毒みたいなものなので」

「あんまり子供がいるところで、麻薬中毒とか言わないでもらっていい?」


幸いにも、この卓球のコーナーには、俺たち二人以外、誰もいないんだけどね。


「まぁそうだなぁ。綾ちゃんってさ、昔からおっぱいが大きかったんだよ」

「そんな理由ですか!?これだから男子はダメなんです!」

「待って待って。綾ちゃんはあの時、まだ小学校六年生だったんだよ。わかる?それであんだけでかかったんだから、好きにならないわけがないと思うんだ」

「なに強引に正当化しようとしてるんですか!じゃあ、別に綾ちゃんさんじゃなくても、お胸が大きければ、誰でもよかったと。そう言いたいんですね?」

「いや、さすがにそれはない。むしろ、ずっと一緒にいたはずの綾ちゃんが、そんなことになっていたからこそ、急に女の子として意識しちゃったというかさ……。ね?」

「ね?じゃないですよ。なんだせっかく小学生の純粋なる愛の軌跡を聞けると思ったのに……。阿岸先生がたまに話してくれる、ドロドロした恋バナと、大差無いじゃないですか。がっかりです。星一つ」

「誰もレビューしてくれなんて頼んでないんだけど」


でも、仕方ないと思うんだ。綾ちゃんは幼馴染で、ずっと仲良しで、異性っていう感覚は全くなかったのに。

あの時から、手を繋ぐのも恥ずかしかったし、それどころか、一緒に横を歩くことすらも、何かを意識してしまうくらいだった。

それなのに、付き合いたいとは思ってたんだから、不思議だなぁ。


「綾ちゃんはもう小学六年生だったからさ、やっぱり一歩進んでたんだよ。好意を抱いてたのは俺だけだったみたいでさ」

「付き合いたいじゃなくて、結婚したいとかだったら成功していたのかもしれませんよ。軽い表現だと思われたとか」

「そうかもなぁ……。でも、さすがに小学校五年生に、結婚なんて発想はないよ」

「そうですよね。お胸を触りたいだけでしたもんね」

「それだけは絶対に違うから否定させてくれ。太ももとかも触りたかったんだよ」

「あの、どういう種類のハラスメントなんですかこれは」

「……さて、ここで話すことは、もうこのくらいだと思うんだけど」

「いやいや。ちょっと待ってください。前後があるでしょう前後が。大まかに話は聞きましたけど、後日談がさっぱりですよ」

「そんなこと言われてもなぁ。フラれました。終わりです。じゃダメなの?」


実際は、初めてフラれたショックで三日間学校を休んだとか、なさけないエピソードはあるんだけど、今回の件に関係ないので、伏せることにした。



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