第23トイレ 好きです

朝起きると、やたら香ばしい匂いがした。

俺は小さい時からずっと一人暮らしだけど、朝起きてすぐに鼻にいい香りが侵入してくるこの感じは、記憶に残っている。


ゆっくりと瞼を開き、体を起こすと、キッチンに立っている運ちゃんの姿が目に入った。


「あ、おはようございます。もう少しでできあがるので、待っていてくださいね?」

「運ちゃん、料理できたんだね」

「はい。なんとなくですけど、体が覚えてるっていうか……。せっかく外に出かけるんだし、お弁当を作ろうと思って。朝ごはんは、そのついでです」

「もしかして運ちゃんって、俺の妻なの?」

「そうありたい気持ちはありますけど」


真面目に返されてしまって、恥ずかしいのなんの。


「あの、運ちゃんさ、俺の手を繋いでなくても平気なのかな」

「それがですね。一つ発見があったんです。こうして聖ちゃんさんのために料理を作る……。つまり、聖ちゃんさんのためのアクションを起こしている間は、発作が起きないみたいなんです!」

「めちゃくちゃ都合の良い解決策が現れたな」


でもよかった。正直あんな美少女とずっと手を繋いだままなんてのは、気が抜けないし。


「よ~し!完成です。今そっちに持って行きますね」


テーブルを確認すると、すでにお茶だとか、手拭きだとか、箸だとか……。一般的な食事のスタイルが準備されており、あとは料理が来るだけの状態になっていた。


これはもう、本当に妻だと思う。


メニューはオーソドックス。目玉焼きとウィンナー。ご飯に味噌汁、シンプルイズベストの精神。


「ありがとう運ちゃん。こういう魂のこもった人の手料理食べるのが、やっぱり一番好きなんだよ俺は」

「そうなんですね。よろこんでもらえているなら嬉しいです!さぁ食べてください!」

「えっと、運ちゃんさ」

「なんですか?」

「手を繋がれたままだと、ものすごく食べづらいんだけど」

「大丈夫ですよ?片手でも食べやすいように、フォークを持ってきましたから」

「料理してたら手を繋がなくてもよくなったんじゃないの?」

「え?ですから、料理は終わったので、はい」


なんて燃費の悪い話だ。でも仕方ない。フォークで食べることにしよう。


「めちゃくちゃ美味い。なんか懐かしい味がする」

「懐かしい味、ですか?」

「昔よく、綾ちゃんがうちに来てくれてさ。今は土日だけなんだけど、ワープして毎朝何かしら作ってくれたなぁ」

「それが、五回もフラれているうちに、なくなってしまったと」

「その通りだよ。何でわかったの?」

「素直な文脈だったので……。でも、私が自然に料理ができたのは、やっぱり綾ちゃんさんがそうなるように私を作ったからなんでしょうか」

「どうだろうね。でも、言われてみると、こういうメニューもあった気がする。まぁ一般的だし、偶然だと思うけどね」


それにしても美味い。今日明日は綾ちゃんの料理を食べられないと思っていたから、これはラッキーだ。


「あの、こんなことを訊くのは失礼だと思うのですが……。綾ちゃんさんは、どうして聖ちゃんさんをフッたんだと思いますか?」

「それがわかってたら、五回もフラれなかっただろうし、六回目で成功していたんじゃないかな」

「最後に告白したのはいつなんですか?」

「質問責めだな。良いけど。えっと……。確か、中学一年生くらいだったと思う。制服がブカブカだった覚えがあるから」

「なるほどですね……。でも、中学一年生の時点で、もう五回目の告白って、聖ちゃんさんはかなり積極的な男の子だったのでは?」

「今と比べれば活発な少年だったな。ちゃんと授業も出てたし」

「それは今でもちゃんとしてください!ダメですよサボりなんて」

「だから、サボりじゃないってば。オカルト研究部の活動があるんだよ」


かといって、それが無かったら授業に出たいかと聞かれると、当然そんなことはありませんけどね。


「えっと、もう一つ訊かせてください。どうして聖ちゃんさんは、五回目で告白することをやめたんでしょうか」

「もちろん、明確な理由があるんだけど、それよりなにより影響したのは、単純にメンタルだよ。今でも引きずってるんだから。折り合いつけられるくらいには心も成長したけど、当時は酷かったよ。しばらく顔も合わせなかったくらいだし」


結局、オカルト研究部の活動がある以上は、一緒にいないといけなくて、なぁなぁになったけれど、もう絶交できるならしたいくらいだったな。あの時は。


今は開き直って、会話できるだけでもありがたく思おうとしてるし、それよりなにより、あの時と比べて、オカルト研究部の活動がけた違いに増えたから、もうほとんど仕事仲間に近い感覚までは来ている。


それでも、まだ好きなことに、変わりはないけれども。


「そうするとやっぱり、綾ちゃんさんの隠し事が、その時代に潜んでいる可能性は高まってきましたね。聖ちゃんさんが封印した記憶の中に、ヒントがありそうです」

「まぁ、ちょうどいい機会かもなぁ。悪い思い出ばかりじゃなかったんだよ。良い思い出だけでもチョイスして、もっかい記憶の引き出しの近いところにしまうのもありかもしれない」

「独特な表現ですね……」

「そこを突かれると急に恥ずかしくなってくるからやめてほしいんだけど」

「私もちょっとそういうセリフ言ってみたいです。えっと……。そうですね。聖ちゃんさんの記憶を掘り起こすというのは、言うなれば墓荒らしのようなもので……。それは立派な犯罪ですから……。あれ」

「やめたほうがいいよ。訓練が必要だから」

「精進します」


運ちゃんが比喩表現ばっかり使ってくるようになったら、常にこの距離で話を聞かされる俺としては、うんざりなので、頼むからやめてほしいと思う。


「あの、ところで、今日着ていく服なのですが、こんなこともあろうかと、綾ちゃんさんに、これを作ってもらってたんです!」


運ちゃんがニコニコしながら取り出したのは……。ペアルックだった。

基本的にはピンク色で、お互いの胸元には、アイラブ○○と刺繍されている。

こんなん作ってるから、魔法風邪になるんだよ。綾ちゃんとしては、完全に悪ふざけでつくったんだろうけどさ。バチが当たったね。


「どうですか?」

「どうって……。うん。なんで運ちゃんは、これを着たいのかな」

「だって、聖ちゃんさんのことが好きですから」

「そうだったね。当たり前のように言われると、逆に照れるからやめてほしいんだけど」

「好きです」

「ちょっと」

「えへへ。照れてる聖ちゃんさんは可愛いですね」


この世界の何よりも可愛い笑顔を見せられて、すごく良くない気分になった俺は、慌てて朝ごはんを食べ終えましたとさ。

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