第22トイレ 昆布、ダメ?先生好きなんだけど……。

「あばっばばば」

「おかえりなさい。かな?」

「そうです。あぁやっと帰ってきましたね聖ちゃんさん」


飛びつくように、俺の手を掴んできた運ちゃんは、口元がテカテカしていた。


「別に眠ってればよかったのに」

「今寝たら、変な時間に起きちゃうじゃないですか!そうなったら、困るのは聖ちゃんさんですよ?」

「それは確かにその通り。賢くなったな運ちゃん」

「褒めてます?バカにしてます?ギリギリのラインを責めるのはやめてくださいよ」

「あのさ、運ちゃん」

「はい?」


とりあえず、長引かせても仕方ないので、さっき聞いてきた話を、ざっくりと説明させてもらった。


「……なるほど。じゃあ私は、綾ちゃんさんによる何かしらの意図で、聖ちゃんさんが好きなんですね」

「理解が早くて助かるよ。それで運ちゃん。何か思いつくことはないかな」

「そう言われましても……。ご存じの通り、私には記憶がありませんからね。でも逆に言うと、私という存在は、記憶が無くても、綾ちゃんさんの隠し事に気が付けるヒントになっているってことですよね」

「やけに物分かりがよすぎて気持ち悪いな。本当に運ちゃん?」

「運ちゃんですよ!もう!せっかく真面目に考えてあげてるのに!」

「悪かった悪かった。そんなに怒らないで?」


そっぽを向いていても、手だけは離そうとしない運ちゃん。


「運ちゃんの性質としては、俺のことが大好き。そんで、手とか、体の一部が触れてないとダメになる。この二つだけでよかった?」

「そうですね。あとそこに付け足すとすれば、髪の毛が水色っていうことくらいでしょうか」

「そうだな。変異種じゃないってことは、ハンカチは関係ないってことだし……。もしかしたら、あの時綾ちゃんが履いてたパンツの色が水色で、そこから色がきてるかもしれない」

「めちゃくちゃ適当なこと言うじゃないですか。やる気あります?」

「あるよ。明日からせっかく土日だし、できればこの二日で解決したいとさえ思ってる」


今週はたまたま、新たなオカルト研究部の仕事が入らなかった。

でも、普段、月曜日というのは、定期的に依頼が送られてくることが多い。


この件は他の物と両立させたくないんだよな。綾ちゃんも魔法風邪だし。もしかしたら、俺一人で動く必要すらあるかもしれないんだから。


「う~ん。綾ちゃんさんの最近の行動に、何かヒントはありませんでしたか?」

「無いんだよ。そもそもそれを意識してなかったから、見落としてるだけかもしれないけどさ」

「じゃあ、過去はどうです?昔起きたことに関して、ずっと隠し続けている事実があるとか」

「そういうタイプじゃないけどなぁ綾ちゃんは。間違って山を一つ消し飛ばしちゃったときも、素直に申告してきたくらいだし」

「それは綾ちゃんさん以外犯人が考えられないからじゃないですか?」

「そうとも言うけどね」


ちなみにその山が消し飛んだことによってできた広大な空き地に、大きなショッピングモールが建てられたので、決してマイナスの減少は起きていないから、問題なしだ。


「隠し事とかは、しないタイプなんだよ。逆に俺が隠し事をしても、綾ちゃんの魔法で見抜かれちゃうし、フェアじゃないからお互いそういうのは無しにしてくれって頼んだんだ」

「なるほど。でも、今回はそれに、気づいてほしいわけですから……。ん~。難しいですね。直接言うのは恥ずかしいことなんでしょうか」

「そうだなぁ。まぁ綾ちゃんのことだし、これ自体が一つのいたずらになってるってこともあるんだけど」

「わざわざ魔法風邪になってまで、人にイタズラを?」

「考えにくいよなぁ……。運ちゃんの造形に気をつかいすぎたのかもよ。本当はトイレ出身だし、トイレマンみたいなふざけたキャラクターを作るつもりだったのに、作りだしたら意外と楽しくて、美少女に仕上げてしまったのかもしれない」

「だとすると感謝ですね。私、トイレマンになるところだったんですか」


運ちゃんの手から、震えが伝わってくる。そんなに嫌なのか、トイレマン。確かに小学生のつけるあだ名みたいな雰囲気はあるけどさ。


「考えてたら、お腹が空いてきました。今日の晩御飯は何ですか?」

「あ、週末はいっつも、綾ちゃんの家で一緒に食べるんだよ。でも今日はそれができないから……。飯抜きだな」

「極端すぎますよ!別に、外食でもなんでもあるじゃないですか!」

「別に一日くらい何も食べなくたって大丈夫だって。俺はそんなにお腹空いてないし」


だって、フルーツ食べたもんね。


「私はペコペコなんです!食べないと倒れちゃうし、発想も出てきません!」

「仕方ないなぁ。そこの引き出しに、先生が置いて行った昆布があるから、それを齧ってなよ」

「こ、昆布ですか?あれってお出汁を取るために登場しているイメージがありますけど」

「そのための昆布だけど、食って食えないことはないからさ。栄養もありそうだし」

「もう!聖ちゃんさんはぐうたらですね!私が引っ張ってでも外に連れ行きますから!」

「ちょっと、運ちゃん。悪かったって。ちゃんと出前を頼んであるから、安心してよ」

「何でそんな泳がせるようなことしたんですか?」


思いっきり睨みつけられている。それでも手はずっと握ったままだ。もうそろそろ、運ちゃんと出会ってから、手を繋いでいる時間が、繋いでいない時間を超えたんじゃないかとさえ思う。


「喜んでくれ。今日はピザを注文したよ」

「ピザ!さすが聖ちゃんさんですね。きっと発想もたくさん浮かんで……」

「……どうかした?」

「明日、土曜日ということは、聖ちゃんさんは一日中暇ということですよね」

「そうだけど、何で?」

「私、いい案を思いつきました」

「ほほう。言ってみなさい」

「聖ちゃんさんと、綾ちゃんさんの過去を探る上で、とても重要な何かが、隠されている気がするイベントがあるんです」

「それは?」

「……告白、イベント」


二人しかいない部屋。どちらも黙ったら、それはそれはシーンとなってしまう。


「あのね運ちゃん。俺、そんなにメンタル強くないからさ」

「知ってますよ。でも、綾ちゃんさんとの間に、最近大きなイベントがなかったのなら、過去のメインイベントを掘り返して、その前後のことを思い出すのがいんじゃないかなって、思ったんです」

「言ってることは正しいけどね。ごめんけど運ちゃん。俺もう五回もフラれてるんだ。わかる?」

「はい。明日全部回りましょう。フラれたスポットをね」

「せめて告白したスポットって言ってくれると良かったんだけどな。まぁいいけどさ」


俺自身、フラれた前後のことは、できるだけ思い出さないようにしているし、そもそも何年も前のことだから、単純に記憶が薄れているっていう可能性もある。


比較的綾ちゃんとの日々を覚えている時よりも、それが薄い時代にフォーカスを当てた方が良いというのは、確かに良い案だ。


「明日は早起きですね。ちゃんと寝ないと、体力が保ちませんから、今日は早く寝ましょう」

「遠足じゃないからね?その前向きな感じのテンションはやめてくれると助かるよ」

「大丈夫です!ピザを食べれば、きっと回復しますから!」


俺の知ってるピザは、そこまで万能な食べ物じゃなかったけど。


まぁ、運ちゃんが言うなら、そうなんでしょう。


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