第21トイレ それが教師だから

「ぶへええ!美味い!これがあるから教師なんてブラックな仕事やってられるんだよねええ」

「生徒の前で、教師なんて。とかいうのやめてくれません?」

「ご、ごめんね。先生酒が好きなの」

「全く理由を説明できてないですけど、大丈夫です?めっちゃ酔ってますよね?」

「ん~?」

「……もう結構です」


居酒屋に行くと、案の定めちゃくちゃに酔っぱらった阿岸先生がいた。

普通、こんな美少女が一人で飲んでたら、周りに人が集まりそうなものなのに、先生は、カウンターの隅っこで、一人寂しく酒を飲んでいる。


「先生って、アレですよね。本当にダメですよね」

「酷いよ~針岡くん。そんな先生をなぐしゃめて?頭ぽんぽ~んてしてよ~」


先生が頭をこちらに向けてきたので、素直に従うことにした。

綾ちゃん。運ちゃん。この二人と比べても、全く劣らないくらいに、先生の髪の毛は触り心地が良い。

だから、触ってるこっちとしても、別に嫌な気分はしないんだけど。


「にへぇ~」

「なんですかにへぇ~って。そんな言葉はないですよ」

「おしゃけ語かなぁ。先生酒飲むと、お酒星人に変身しちゃうの~」

「思ったよりめんどくさいんで、もう本題に入っていいですか?」

「えぇ?なにぃ?」

「……運ちゃんの正体の件ですけど」

「何も知らないよ先生。運ちゃんって誰かな」


急に酔いが覚めたらしく、青い顔をしながら、先生がトイレに向かった。

なんだ。そんなに話せない事情があるってことか。


帰ってきた先生は、明らかに事後だった。


「大丈夫ですか?ほら、水飲んでください」

「あ、ありがとう……。んぐ……。ぷへぇ」

「そんな急に酔いが覚めるほど、俺はまずい質問をしましたか?」

「ううん全然そんなことなさすぎ。ところで針岡くんはどこまで掴んでるのかな」

「運ちゃんを作ったのが、綾ちゃんっていうところまでですけど」

「あぁ~。まだそこかぁ。うんうん」

「いやなに酒頼もうとしてるんですか」


先生から注文用のタッチパネルを奪い取る。画期的なシステムだと思うけど、こういうサイレント注文には気を付けないといけない。


「だってぇ。こういう話は、お酒飲みながらしたいでしょ?わかる?」

「未成年ですからね。あの、先生はだいぶ事情を知ってそうですけど。詳細を教えてもらえます?」

「それは……。そうだなぁ。じゃあ、今日からもっと先生に優しくしてくれる?」

「普段から結構優しくしてるつもりなんですけど。普通帰ってますからねこんなの」

「そうだけど!それだけじゃないの。先生ね?普段褒められることがほとんどないから……。こう、耳元でね?島母は頑張ってるよって、囁いてほしいの……。ダメ?」

「ホストにやってもらってくださいよ」

「ホストはすっごくお金がかかるの!録音もさせてくれないし……。それに、針岡くんと比べたら、全然かっこよくないし……」


言ってから、あ、言ってしまった。みたいな顔をする先生は、ちょっと可愛かった。

かっこいいと言われて、嫌だという男子はいない。そうだろう?


「わかりました。じゃあ、耳をこっちに貸してください」

「……針岡くん。これって別に、セクハラじゃないよね?先生捕まらないよね?」

「少しでもそう思う気持ちがあったなら、こんなことさせないでほしかったんですけど」

「で、でも、ほら……。ね?今、合コンも行けないし、こういうので発散しないと、先生間違いを起こす可能性があるじゃない?」

「わかりましたから。早く」

「あ、ちょ、そういう風に強引にされるの、先生の弱点って知ってるでしょ?」


知らなかった。今度面倒な状態になった時は、遠慮なく使わせてもらおう。


俺は右腕で先生の頭を軽く押さえて、こちらに引き寄せた。そして、小さな耳に口を近づけて……。


「島母は、頑張ってるよ。すごく。俺いっつも感謝してる。ありがとう」


言い終わったので、頭を離す。

なんとも言えない表情をしたまま固まっている先生と、セリフに関しては自分チョイスなので、ちょっと恥ずかしくなった俺による、沈黙バトルが始まった。

俺には注文用パネルがあるので、手持無沙汰を解消する術がある。有利なのは間違いない。


「……先生、顔が赤いけど、これはお酒のせいなんだからね?」


結果、苦しいにもほどがある負けセリフが飛び出してきた。


「あの、はい。もうそれはいいんで。運ちゃんのことについて話してくださいよ」

「とはいってもね~。運さんの正体に関しては、針岡くんが自分で気が付かないと、全然意味が無いし」

「そんなことはわかってますよ。綾ちゃんに直接言われたんです。キーパーソンは先生だって」

「そうなんだ。じゃあ、ヒント的な助言はしてもよさそうだね」

「はい。できるだけ有益な情報を頼みますよ」

「そんなこと言われてもな~。ほら先生って、そういう駆け引きみたいなの苦手そうじゃない?」

「苦手そうっていうか、苦手丸出しですよね。主に合コンに関する報告なんか聞いていると」


男女間の駆け引きみたいなことが一切できなくて、過剰に貢いでしまう哀れな女教師、阿岸島母のエピソードは、多分ハ○ーポッターくらいの分厚さの本にできるくらい聞かされている。


「そんな先生を間に挟んででも、針岡くんに気が付いてほしいことが、神川さんには、あるんじゃないかな~ってね」

「なるほど。それがヒントか。でも、俺は綾ちゃんとだいぶ長い時間一緒に過ごしてるし、オカルト研究部に入ってからは、連絡を取らない日なんてないくらいなのに、それでも何か俺が見落としちゃってる出来事があるってすると……」

「そうだね。自分一人で気が付くのは、難しいかも。でもね針岡くん。ヒントを持ってるのは、先生だけじゃないよ?」

「え?他に誰かいますか?」


言ってから、気が付いた。


「……運ちゃんですか」

「そう。あの子こそ、神川さんの隠したい何かを探る上では、必要な存在なんじゃないかなって思うよ」

「その言い方だと、綾ちゃんは、俺に隠しているけれど気が付いてほしい何かがあって、それに気が付いてもらうために、運ちゃんを作ったと?」

「うわぁ先生喋りすぎちゃった。ふふ」

「ふふ。ってなんですかそれ。不気味なんでやめてください」

「いいじゃん!たまには女教師キャラみたいなことしたいもん。今のところ先生って、教師の印象を、酒と合コンで上書きしてるようなもんだし!」

「あとホストですね。忘れないであげてください」

「忘れたい思い出しかないもん!も~思い出してきた!聞いてくれる?二週間前に突然連絡がとれなくなったホストなんだけど」


聞いてられるかい。帰ろう。


と思ったのに、先生が俺の腕を掴んできた。ついに物理的手段の行使に踏み切ったようだ。


「あのね、先生はこれでも、神川さんのことも、針岡くんのことも、すごく心配してるの」

「……なんですか。酒がまだ抜けきってませんね?」

「それは!……そうだけど、でも、本当だもん。だからね?今回の件、ちゃんと相談に乗るし、頑張りたい。いつでも頼ってよ」

「急に教師みたいなこと言わないでくださいよ」

「教師だもん!」

「でも……。はい。わかりました。適度に頼ります」

「よろしい。じゃあ先生は、もっかい飲みなおすから」

「一瞬で教師退職ですか……」


パネルを操作し、もう早速酒を注文し始めた先生に。


……俺の少し照れた顔が見られないように帰るのは、そんなに難しいことじゃなかった。


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