第20トイレ 大変なのよ

忘れ物を取りに来たよと伝えたら、綾ちゃんはすんなり家に入れてくれた。

まぁ、俺が綾ちゃんに家に入ることを断られたのって、魔法が爆発して、部屋中が生ごみの匂いになった、あの事件の時くらいだし、断られるなんてことも思ってなかったけど。


「体調はどう?少しは良くなった?」

「まだあなたたちが帰ってから、一時間も経ってないんだけど。何も変わらないわ。でも、横になっていれば治るものでもないから、どうしようもないわね」

「あのさ、綾ちゃん」

「何かしら」

「俺、実は一つ、仮説を持ってるんだ」

「びっくりした。化石を持ってるって言いだすのかと思ったわ」

「残念。ニアミスだね。化石は今度一緒に取りに行こう」

「阿岸先生が、化石発掘合コンなるものに参加したという話は聞いたことあるわよ。ついでに参加するのはどうかしら」

「嫌だよそんな歪な合コン。そもそも俺たちは高校生だから、そういう企画には参加できません」

「え?でも、私たち留年に留年を重ねて、もうとっくに二十歳は超えてるから、きっと問題ないわよ?」

「成人向けゲームの開発者が、キャラクターの年齢についてツッコまれたときの言い訳みたいな設定を付け加えないでくれる?」


もちろん俺たちは、留年なんてしていない。

でも一応、年齢は伏せておこう。学年がわかればそれでいいだろ?


って、油断してたら綾ちゃんのペースに飲まれてしまう。俺はちゃんとした話をしに来たんだった。


「あのな、綾ちゃん。俺の仮説は、ズバリ結論だけ行ってしまうと……。運ちゃんを作ったのは、綾ちゃんなんじゃないかっていうことなんだけど」


綾ちゃんの表情を伺う。

いつもならクールフェイスで誤魔化されていたと思うけど。

残念ながら今の綾ちゃんは、ベール解除状態だ。丸腰に近い。


あっさり表情に、答えが浮かんでしまっていた。


「……やっぱりそうか」

「どうしてわかったのかしら」

「元々この仮説は持ってたんだ。運ちゃんが生まれたのは、綾ちゃんの家のトイレだし……。一番に浮かぶとすると、むしろ自然な発想なんじゃなかとさえ思う」

「じゃあ、どうしてそれを言わなかったのかしら」

「テニスボールを握ってたからさ、何かそれに気を取られて……。もしそれも綾ちゃんの作戦だったら、すごいね」

「その通りよ。ばっちりひっかかったわね」


あと付け加えると、運ちゃんのキャラクターが立ちすぎていたっていうところもある。話がそのまま流れていってしまったというか……。あんまり運ちゃんのせいにすると、怒られるからやめておこう。


「それで、そこからどうやって、結局その結論に至ったのかしら」

「魔法風邪だよ。綾ちゃんは、昔はよく体調を崩してたけど、最近は安定してた。それなのに、魔力をつかいすぎるとかかるはずの魔法風邪にかかったから……。よっぽどエネルギーを使ったのかなって」

「そのくらい、ありえないことじゃないと思うわよ?別に運ちゃんを作らなくたって」

「俺もそう思ったよ。だからこの可能性は消しにかかっていたところに、擬人化の件もあって、完全にナシかなって思ったのに」

「のに?」

「綾ちゃんの対応が、露骨すぎたんだよ。いつもなら、変異種は金になるから、すぐ売りましょなんて言うのに」


ベールを脱いだ綾ちゃんは、そういうことすらも言えなくなってしまうのだ。

簡単に言うと、誤魔化すことが下手になる。

だから、まともな提案しかできなかった。運ちゃんをこちらでもう少し様子見するなんていう、普段なら言うわけもない、平凡な発想。


「で、ここまではまぁいいんだよ。綾ちゃんが運ちゃんを作ったってことは、別に誰にも責められる話じゃない。問題はその理由だ。運ちゃんの存在を守ったってことは、まだいてもらわないと困るって思ったんだよね」

「何が訊きたいのか、はっきりしてくれないと困るわね。政治家が会話してるわけじゃないのよ?はぐらかすのはやめましょう」

「その例えは怖いからやめてね」


オカルト研究部の本体は、国が大きく関わっている。

俺たちなんてのは、ちっぽけな存在だ。国が本気を出したら、一瞬で消されてしまう。あぁ怖い怖い。


「何が訊きたいって言われると、困るな。もしここで、運ちゃんを作った理由を訊いたら、綾ちゃんは答えてくれるのかな」

「答えないわ。でも、その理由を、聖ちゃんが見つけ出すことに、本当の意味があるのよ」

「つまりなに。気づいてほしいってこと?」

「そうね」

「そうなんだ」


綾ちゃんが、運ちゃんを作った理由。

……俺のことが大好きな、運ちゃんを。


「じゃあ一つ目。綾ちゃんは、俺のことを気遣って、俺のことが大好きな、俺のための生き物を作った」

「違うわね。もしそうなら、鎮静剤なんて打たないもの。もっと攻撃的な性能に仕上げて、聖ちゃんを部屋から出られないようにしてあげるわ」

「思春期男子なら誰もが持つ夢だけど、そうか、ハズレか。わかってたけどね」


俺も、綾ちゃんも、オカルト研究部の活動が、いつ入るかわからない。

そんな状態で、一人が部屋にこもって、女の子とイチャイチャするメリットは、全くないと言って良いだろう。当たり前の話だが。


「二つ目。俺と運ちゃんがイチャイチャするところを先生に見せて、単純にダメージを与えたかった」

「それも違う。だって、それなら私が直接聖ちゃんとイチャイチャした方が早いもの」


願ってもない話だが、自分の好きな人が、自分に対して好意を抱いていないからこそ、そういうことができるのだろうという気付きは、できれば得たくなかったな。


「もうやめておくよ。多分当たらない。そうだなぁ。ヒントみたいなものをもらえると嬉しいんだけど」

「そうね……。じゃあ、ヒントっていうか。キーパーソンを教えてあげるわよ」

「それって、一人しか選択肢がないよね」

「じゃあ、この話はこれでおしまいね?さぁこんなところでボーっとしてる暇はないわよ?」


そもそも今回の件に絡んでいて、直接の関係性が薄いはずの人は、一人しかおらず。


「綾ちゃん。あの人って、この時間はどこにいるのかな」

「さっき駅前の居酒屋で、一人で飲んでるところの自撮りが送られてきたわよ」

「なんて返信したの?」

「オスのカマキリがメスのカマキリに食べられている動画をプレゼントしてあげたわ。酒のつまみになるといいけれど」

「性格悪いよねえ綾ちゃんは。昔からちっとも治らない」

「褒めてくれてありがとう。変わらない私を、これからもどうぞよろしく」


五回も俺をフッておいて、それでもまだ一緒にいてくれる。

優れに優れた容姿の持ち主なのに、性格は最悪。


そんな綾ちゃんが、俺は大好きなんだよな……。


「こちらこそ。これからもどうぞよろしくお願いします」

「あ、聖ちゃん。さっきまた梨を忘れてたわよ」

「今渡されるとちょっと困るな。駅まで歩くんだけど」

「だって、性格悪いもの。私」


……こういうところは、そんなに好きじゃないけれど。

いたずらっぽく笑われると、どうしようもなくて。

俺は梨が入った袋を、うっかり受け取ってしまったとさ。めでたしめでたし。

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