第6トイレ いや、好きだから仕方ないだろ?
「迎えに来たわよ」
翌日、綾ちゃんがわざわざワープして迎えに来てくれた。
「綾ちゃん。来てくれて助かったよ。じゃあ早速ワープで学校まで」
「それはダメ。私、最近運動不足で、太っちゃったのよ。たまには運動しないとダメだわ。でも、一人で登校してもつまらないし、聖ちゃんを迎えに来たってわけ」
「なるほどなぁ。でも綾ちゃん。俺はいつも自転車で登校してるから、それで間に合うように家を出てるし、歩きだと間違いなく遅刻なんだけど」
「そもそも私が、そういう時間に聖ちゃんを迎えに来ている時点で、察してほしいわね。遅刻する前提よ」
「そっか~。まぁ、分かってるならいいやそれで」
「あの」
「あらおはよう運ちゃん。昨夜はよく眠れたかしら。私が作ってあげたウォーターベッドの寝心地は?」
「最高でしたよ。百年眠れるかと思いました」
「そう。それはよかったわ。じゃあそろそろ行きましょうか」
「って、ちょっと待たんか~~~い!!!!」
本当に百年寝てたんじゃないかと疑いたくなるような。古いタイプのツッコミが飛んできた。
「そうね。女の子には色々準備があるものね。ちょっと待つわ」
「違いますよ!え?なんですかこの何事もなかったかのような朝は!おかしいでしょうに!」
「え、何事もなかったとは思ってないよ?トイレからいきなり美少女が出てきたっていう事実は、忘れようにも忘れられないし」
「そ~んなちっぽけなことは今はどうでもいいんですよ!」
「ちっぽけなこと……?」
「私!昨日聖ちゃんさんに、その、え~……。こ、告白みたいなことしちゃったじゃないですか!ねぇ!覚えてますよね!ねぇ!」
「運ちゃん。遅刻しちゃうからさ。口を動かす前に、体を動かそう?」
「さっき遅刻確定って言ってたじゃないですか!もう諦めてくださいよ!」
しょうがない。まぁ遅刻に関しては、また先生を脅せばなかったことになるしな。
ここは急に怒り出した運ちゃんを鎮めるために、貴重な時間を使うことにしましょう。
「運ちゃん。近所の人に迷惑だから、あんまり大きい声をだすのはやめてもらえると助かるなぁなんて、家主の俺は思うわけなんだけど」
「あのですね。私だって、好きで大きい声を出しているわけではないんですよ」
「好きなのは聖ちゃんだもんね?」
「……そうですよ。悪いですか?」
「いや、うん。悪いなんてことはないよ」
「私、正直傷つきました、告白したのに、何事もなかったかのように二人は会話に戻るし、綾ちゃんさんはウォーターベッドを作り始めちゃいますし」
「仕方ないのよ。あれ、水の形を維持するのが少し難しくて、集中しないとできないんだから。寝心地良かったでしょう?真剣に作ったのよ」
「その件に関してはありがとうございますなんですよ。なんですけど……。なんですけど!」
とりあえず、本当に近所迷惑になるので、綾ちゃんには玄関に入ってもらい、ドアを閉めることにした。
「聖ちゃんさんは、どう思ってるんですか?私のこと。あんな風に何の抵抗もなく裸を見たり、告白を無視したり……」
「いや、そんな風に泣きそうな顔になられると、俺も立場がないというかね。あぁちょっと。言ってるそばから泣かないで?」
「悔しいんですよ!私ちゃんと告白したのに。ちゃんと聖ちゃんさんのこと大好きなのに!聖ちゃんさんは私のことなんて、何とも思ってないんだなって!」
「それは違うじゃん。いや、単に、いきなり告白してくるから、対処方法がわからなくて、無視してるだけなんだって」
「考えなくてもそれが悪手だってわかりますよね!?もうやだ!聖ちゃんさんのバカ!イケメン!大好き!」
「勢いに任せてそういうこと言われるの、照れるから本当にやめてほしいんだけど」
一つ否定させてほしいんだけど、俺は何も思ってないわけじゃない。
運ちゃんは人間でもない、何かしらの生き物だけど、それでもすっごく美少女で、多分今日学校に行ったら、あっという間に噂が広まるんじゃないかと思うくらいだ。
でも、残念なことに、俺にはその告白を受け入れられない、大きな大きな理由がありましてですね……。
「あのさ、運ちゃん。申し訳ないけど、運ちゃんがどうとかではなくて、俺今、恋愛する気ないんだよね」
「なるほどそうですか。でも大丈夫です。私、聖ちゃんさんのこと大好きですから」
「返答になってないね。ごめん。具体的な話はできないけど、俺の心には、でっかい傷ができてしまっているというかさ。うん。そんな感じなんで」
「その傷を、私が癒してあげるって言ったら?」
「……な、ななにその、ラブコメのエモーショナルなセリフみたいなの」
思わず動揺して、なの排出率が三倍になっちゃったじゃないか。
そんな俺たちの会話を、この会話の軸であるところの綾ちゃんは、ボケーっとしながら聞いている。
「綾ちゃん。先に行っててもいいよ?」
「大丈夫よ。私めちゃくちゃ暇だから」
「綾ちゃんさん。綾ちゃんさんがそんな風なら、私はおかまいなく聖ちゃんさんに好き好きアピールをして、あわよくば奪っちゃいますからね」
「童貞を?」
「そんな話はしてません!もう!でも、私と聖ちゃんさんは、このまま二人で暮らすわけですから、何かが起きても知りませんからね!」
「あらあら?でも二人は昨夜だって、時間を共にしたじゃない。それで何も起きてないんだから、どうせ運ちゃんには、何かアクションを起こす勇気なんてないんじゃないかって、私は思っちゃうわよ?」
「それは綾ちゃんさんの作ったウォーターベッドのせいですよ!なんですかアレ!体を預けた瞬間朝になってましたよ!本当にすごいですね!ありがとうございます!」
「こちらこそどうもありがとう。今後もよろしくお願いいたします」
俺も昔、綾ちゃんの作ったウォーターベッドを使っていた時期があったが、寝る前の読書タイムとかを作れないくらい、即寝落ちしてしまう素晴らしいベッドだったから、今は市販の布団に切り替えてる。
多分、あれで商売したらサクッと大金持ちになれるだろうけど、そもそも綾ちゃんは、作りたいものは何でも魔法で作り出せるので、お金なんか必要ないらしい。羨ましいね。
「はぁ……。ねぇ聖ちゃん。私、立ちっぱなしで疲れちゃったわ」
「これから二十分くらい歩くんだけど大丈夫?」
「そうね。喫茶店に寄って、休憩してから向かうことにしましょう」
「そうだね。どうせ遅刻だし」
「そんな優雅な登校聞いたことありませんよ。お二人とも、全くまともな行動しませんよね」
「運ちゃんを学校に入れてあげたり」
「運ちゃんの制服を作ってあげたりしたのは」
「「誰だったかな?」」
「やめてくださいなんですか急にそのコンビプレーは」
とりあえず、綾ちゃんとハイタッチした。
「……あの、それで、これだけ訊きたいんですけど」
「どうしたの運ちゃん」
「私は、聖ちゃんさんのことを、好きであり続けてもいいんでしょうか」
「……え、何その萌えキュンセリフ」
思わず顔が赤くなるくらいの、あまあまでキュンキュンなセリフ。
隣の綾ちゃんも、珍しく表情を変えている。
「運ちゃん。聖ちゃんはそういう直球萌えヒロインみたいな攻撃は弱点だから、どんどんするといいわよ」
「え、そうなんですか?いいこと聞きました。聖ちゃんさん覚悟してくださいね?」
「色々雑すぎないか?あのね運ちゃん。萌えセリフならなんでもいいってわけじゃないから、そこは勘違いしないでくれよな」
「じゃあ、どういうジャンルが好きなのか教えてください。できるだけそれに近いセリフや態度を生活に取り入れますから」
「……NTR?」
空気が凍った。
運ちゃんだけでなく、綾ちゃんさえも、こいつマジかよ……。みたいな顔をしている。
「い、行こうか」
気まずさを温めるために、俺は返事を待つことなく、外に出た。
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