第7トイレ 零れても大丈夫なように、ビニール袋で包んだりしてね。

「どうだった?学校は」

「え、ごめんなさい。私のクラスメイトへの挨拶とか、授業中のミラクルプレイとか、給食の時間に早速パシリにされて虚しかったとか、そういうあれこれは全部カットなんですか?」

「ごめん。運ちゃんが何言ってんのかさっぱりだ。綾ちゃんはわかる?」

「わからないわね。でも、運ちゃんにもいつかきっといいことがあると思うわ。強く生きましょう?」

「あの私何で慰められてるんですかね。まぁいいですけど。えっと、はい。楽しかったですよ学校。今放課後なのが信じられないくらいには、気が付いたら終わってたって感じです」

「そうか。それはよかったよ。それで運ちゃん。今日はね」

「あの、その前に訊かせてください。ここはどこですか?」

「あ、そうかそうか。記憶喪失なんだっけ運ちゃん」

「確かに記憶喪失の人みたいなセリフになっちゃいましたけど、そうじゃないです。この私が連れて来られた教室は、どういう場所なんですかって訊いてるんですよ」


キョロキョロと部室を見回す運ちゃんは、初めてここに足を踏み入れた時の、先生の姿にダブって面白い。


「私が紹介してあげる。ここは我がオカルト研究部の部室よ」

「……随分殺風景な部室ですね。普通そういう部活って、怪しい本とか、よくわからないオブジェとか、床に魔法陣とか、ありそうな気がしますけど」

「詳しいね運ちゃん。もしかしてやってた?」

「ですから、記憶喪失です」

「なんでここにモノがほとんどないか、教えてあげるわ。これを見なさい」

「……ユー○ューブですね」

「そう。そして、この動画を見るの」

「……ミニマリスト。ですか」

「その通りよ。この発想にハマった私は、いてもたってもいられなくて、この部室にあるものは、全部メ○カリで売ったわ」

「いや、聞いたことないですよ。ミニマリストの思想が介入してるオカルト研究部なんて。世界初なんじゃないですか?」


ちなみに俺の気に入っていた、ワニのでっかいぬいぐるみとか、壁に貼っていた、仮想の世界地図なんかも、全部売られてしまった。ワニが千八百円で、地図が五百円。その二千三百円で、綾ちゃんとパンケーキを食べに行ったのが、つい先週の話です。


自分の家でやったらいいのに。とは思ったけれど、それはそれで、あの居心地の良い空間が崩れてしまうような気がして、言わなかった。


「今、運ちゃんが座っている椅子は、隣の教室から盗……借りてきた奴なの。この部室に唯一存在する物質だから、大事にするのよ?」

「さっき廊下の掲示板に盗難のお知らせが貼ってありましたけど。まさか、これ?」

「あ~運ちゃん。最後に座った人が犯人だから」

「小学生みたいなこと言わないでくださいよ。私、これ返してきます」

「その必要はないわよ運ちゃん。代わりに隣のクラスには、高級ブランドのソファーを一つ置いたから」

「あんな深々と座れるものを置いたら、授業に集中できるわけないじゃないですか。そもそも、魔法でソファーを作り出せるなら、椅子もそうすればよかったのでは?」

「盗んでから気が付いたのよ」

「あ、今盗んだって言いましたよねおさえましたよ」

「オカルト研究部のこと、分かってもらえたかしら?」

「今のところただのミニマリスト盗賊ってイメージですけど。この二つが両立したのも、世界初なのでは?ところで聖ちゃんさんは、さっきから隅の方で何をしているんです?」


いきなり呼ばれてびっくりした俺は、持っていた薬品のビンを落としてしまった。

しかし、それが床に落ちる前に、上向きの風邪が吹いて、そのままふわりと浮かんだ薬品は、俺の手に戻ってきた。


「ありがとう綾ちゃん。貴重な妖怪検査薬が零れるところだった」

「えっと、妖怪検査薬?」

「妖怪かそうでないかを検査する薬よ。改良に改良を重ねて、今は飲みやすいイチゴ味だから、心配しなくていいわ」

「じゃあどうして、あんなに隅っこで準備してるんですか?」

「これは妖怪の間ではかなりメジャーな検査薬で、見た瞬間逃げだす子もいるくらいなのよ」

「まぁ、運ちゃんは記憶喪失だから、あんまり心配してないけどね……」


バレてしまったので、諦めて運ちゃんたちのところへ戻ろう。

そもそも最終的に飲ませるから、ここで準備してもよかったんだけど……。まぁ、悪い妖怪もいるからね。殺されたらたまったもんじゃないし。


「えっと、それを飲むんですか?私」

「そうだよ。はい、どうぞ」

「……透明ですね。とりあえず、いただきます」

「飲んだ後ゲップしちゃダメよ?」

「バリウムじゃないんですから。……はい、飲みましたよ」

「……よし。オッケー。えっと、妖怪ではありませんでしたっと」

「え、もう終わりなんですか?何のチェックをしたんです?」

「それ、妖怪が飲んだら、体の中に入った瞬間、命を奪う作用があるからさ。とりあえず運ちゃんは違うみたいで安心したよ」

「そんな危険なものを何の説明も無しに飲ませないでくださいよ!もう!」

「いやいや。これが案外そうでもないんだよ。妖怪は特に能力が高いから、サクッと殺せるヤツじゃないと危なくて」

「いいんですよそんな言い訳は。聞きたくありません!で、今度は綾ちゃんさんが隅に行ってますけど、何企んでるんですか?」

「ゴキブリホイホイを置いただけよ」

「まぎわらしいなぁもう!!!」


こんな何もない部屋に、ゴキブリさんが遊びに来るとも思えないけど。


それにしても、モノが一切ない部室に、運ちゃんの声はよく響く。

喉に拡声器でも埋め込んでるのかってくらいだ。


「運ちゃん。それだけ声がでかいと、音楽の授業とか先生に褒められたんじゃない?」

「……今すぐ声楽部に入部してくれって、誘われましたよ」

「いいじゃん。行って来たら?」

「あなたがオカルト研究部に入れって言ったんでしょうが!」

「言ったけど……。別に掛け持ちしたらいいじゃん。今からでも行ってくるといいよ。待ってるからさ」

「何ですかその急な優しさは。私は騙されませんよ。きっとまだ隅から帰って来ない綾ちゃんさんが、何かを企んでいるに違いありません」

「綾ちゃ~ん。何か企んでるの?」

「違うわよ。私、広い部屋って落ち着かないの。こういう隅っこが癒しだわ」

「ミニマリスト向いてないじゃないですか……」

「あ、そうだ。俺、運ちゃんに訊きたいことがあったんだよ」

「え、なんですか?」

「運ちゃん、記憶喪失なのに、学校の授業に問題無くついていけてたよね。先生に当てられても、普通に答えてたし」


何なら俺より頭がいいんじゃないかと思うくらい、ズバズバと答えていたし、こっそりのぞき見したノートも、まともに写してあった。


これまでの記憶喪失との矛盾はそこまで気にしてなかったけど、これは話が変わってくる。だって、急に昨日生まれた生き物が、持っているはずのない知識だから。


「そうですね。言われてみれば、まったく授業で詰まるところはありませんでした。先生の言っていることも理解できましたし……。小テストも」

「あ、待って。小テストの話はしないで」

「なんでですか。私の栄光のエピソードなのに」

「ここじゃないと思うよ多分。披露するにふさわしい場面がくるからさ」

「……なんか、聖ちゃんさんの目の光り方が、怪しい気がしますよ?」

「気のせい。気のせい。おーい綾ちゃん。こっちで楽しくお話しようよ」

「嫌よ。二人がこちらに来なさい」

「仕方ないな。ほら運ちゃん。隅に行こう」

「なんで私たちが合わせる必要があるんですか……」


ぶつくさ文句を言っている運ちゃんだけど、椅子から離れて、綾ちゃんの方へと向かってくれた。

その隙に、俺は椅子を奪い取る。この部室唯一のオアシスを手に入れた俺は、早速腰を降ろした。


「いやぁ。やっぱり椅子は快適だよね」

「もうこの状況はオカルトだと思いますよ私は。隅に張り付いている綾ちゃんさんと、その目の前に立っている私と、その隣で椅子に座っている聖ちゃんさん。謎のアートみたいな構図になってません?」

「綾ちゃん。私、コーラが飲みたいわ。コーラを飲んだら隅から離れられる気がするの」

「どんなタイミングで人をパシらせてるんですかあなたは」

「運ちゃん。俺もコーラ」

「コーラコーラって。小学生ですか二人は。高校生は午後ティーでしょう、開け口を開けて、ストローをさして……。授業中出しっぱなしにしてて怒られて……。そういうのが高校生でしょう!?」

「わかったわかった。運ちゃんは午後ティーね。俺が買ってくるからいいよ」

「……私もコーラが飲みたいです」

「……なにその素直さ。惚れそうになるからやめてよ」

「良いから買ってきてください!」


というわけで、俺はコンビニに向かうことになりました。

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