第5トイレ だって、かっこいいんですもん

「おかえり聖ちゃん。首を長くして待ってたわよ」

「いや本当に首長くしてどうするの綾ちゃん。魔法の無駄遣いはやめよう?」


帰宅するなり、ろくろ首の要領で俺を出迎えてくれた綾ちゃんは、サプライズ精神が強く、一緒にいて楽しい存在だけど、こんなところ隣の部屋の人に見られたら、ネッシー的広まりを見せてしまいそうだから、扉開けて即この状態で待っているのはやめてほしい。


「さっきは電話に出んわでごめんね?メール見たから、早速運ちゃんの制服を作りに来たの。反省の意味を込めて、ちゃんと歩いてここまで来たわ、私、偉いでしょ?褒めて?」

「最初の、電話に出んわとかいう、電話の無い時代の人が作ったんじゃないかってくらいのクオリティが低いボケが無ければ、多分百点満点を与えていたと思う。あの、玄関で喋っててもしかたないし、入るね」

「そうね。部屋ではちょうど、運ちゃんのスリーサイズを測っているところなの。つまり運ちゃんは裸。今入ったら、鉢合わせちゃうわ」

「そっかー。それはいけないな。運ちゃんは女の子だもんな~」


俺は靴を脱ぎ、部屋に入った。

水色の髪の美少女。肌は白い。俺の目測で言うと、胸は綾ちゃんよりスリーサイズ下。けれど、お尻や腰の描く緩やかなカーブは魅力的で、ヌードモデルとして十分やっていける素質を感じさせる。


「ただいま運ちゃん」

「ま、ままっままっま」

「ま?」

「か、会話聞こえてましたよ!?綾ちゃんさんに、入るなって言われてましたよね!?」

「いやいや入るななんて一言も言われてないですけど。ちゃんと話聞いていた?注意散漫なんじゃない?人の話をしっかり聞いていないと、大きな事故に繋がるから、絶対気を付けてよ?」

「えっ。私裸見られてるのに、説教されることなんてあります?」

「運ちゃん。聖ちゃんはね?Fカップ以下はおっぱいとして認めないところがあるから。反省したほうがいいかもしれないわよ?」

「言葉の治外法権なんですか?この区画。私、今日からここに住むんですよね?あ、あと……。聖ちゃんさんは、いつまで私の裸を、まじまじと見つめているつもりなんですか?」

「だってあとでノートに書かないといけないからさ。これ、仕事なんだよ?単なる私利私欲は、たったの六十パーセントしか含まれてないんだから」

「半分超えてるじゃないですか!もう!お願いですから、出て行ってください!バカバカ!」


さすがにかわいそうなので、綾ちゃんがサイズを測り終わるまで、部屋には入らないことにしてあげた。

でも真面目な話、運ちゃんみたいに急に現れた生き物は、しっかりスケッチして、報告する必要があるから、仕事ではあるんだよね。うん。

もちろん俺が思春期男子で、そういうのに興味が無いとかは嘘だけど、でも綾ちゃんに比べたら、正直鼻くそみたいなもんだから、温度差はあるんだよな。

綾ちゃんに勝てるとしたら、先生くらいだけど……。あ、阿岸先生ね。でも先生は、なんか生々しくて、それこそ思春期男子の真っすぐな性欲のニーズの回答としては不適切なのかなぁって。ほら、子供に中トロは早いみたいな。そんな理屈。


「聖ちゃん。もういいわよ。運ちゃんしっかりブラジャーまで付けててびっくりしたわ」

「そんな話しないでくださいよ!」

「運ちゃん。別に何も恥ずかしいことじゃないよ。ちなみにブラジャーの色は何色だったのか訊いてもいいかい?」

「……白です」

「あ、答えてくれるんだね。運ちゃん意外と積極的なんだ。まぁその方が俺たちとしてもありがたいからよかったよ。ところで制服はできたのかな?」

「よくそんな気持ち悪い話から、まともな会話にスライドしていけますよね」

「できたわ。ほら見て?」

「お~。いいじゃん」

「……あの、一つよろしいでしょうか」

「なに?」

「この、どう見たって魔法少女にしか見えないコスチュームは、本当に学校指定の制服なんですかね」


ピンク色で、胸元に大きなリボンがついた上半身。

下半身はフリフリのスカートで、フィギュアになったとき、間違いなくパンツを覗く輩が現れるであろう造形。

いや、どう見ても完璧な制服じゃないか。


「綾ちゃんはすごいね。こんなのすぐ作れちゃうんだから」

「私の魔法にかかれば、これを大量生産する工場だって、水と酸素があれば作れるわよ」

「化け物じゃないですか。トイレで生まれた私よりキャラクターが立ってるの、おかしくないです?」

「そんなの当たり前じゃない。だって運ちゃんは」


しまった。みたいな顔で、綾ちゃんが自分の口を塞いだ。


「……危ない危ない。今うっかり、運ちゃんの正体を明らかにしちゃいそうだったわ」

「え、綾ちゃんさん、私の正体を知ってるんですか?」

「知らないわよ?」

「日本語へたくそなんですか?ちゃんと会話してくださいよ。あの、私、記憶喪失で、地に足が着かないというか、すごくフラフラした気持ちで落ち着かないので、知っているなら教えてください」

「聖ちゃん。この制服、水がかかると溶ける仕組みにしようかなって」

「いいね。すごくいい。すぐにクラスのみんなと仲良くなれると思うよ」

「イカれてんですかあんたたちは」


なんて、ふざけた会話してるけど。

綾ちゃんの態度には、正直俺も疑問を持っている。

俺は一切、運ちゃんの正体を知らない。

でも、綾ちゃんは何かしら知ってそうだ。


「綾ちゃん。確かに最近暇だったけどさ、自分から仕事作るようなことはしないでよ」

「何のことかさっぱりね。私だって、眠ったり、食事したりしたいもの。余計なことをするつもりはないわ」

「だったらいいけどさ」


冗談はさておき。

綾ちゃんは、ちゃんとした制服も作ってくれていた。


「運ちゃん。今ここで、これに着替えてみてよ」

「どうしてそう呼吸するように、気持ち悪いことが言えるんですか?綾ちゃんさんもいるんですよ?女性二人に対して、男性一人。セクハラ発言は不利だと思うんですが。そうですよね?綾ちゃんさん」

「私は聖ちゃんの味方よ。部長たるもの、部員は守る義務があるもの。それに運ちゃんが男の目の前で着替えて、恥じらう姿なんて、素敵じゃない。違う?」

「よくそんな落ち着いたトーンで、意味わかんないこと言えますよね」

「そうね。聖ちゃんとは、いつもこうして会話しているわ。羨ましい?こんなイケメンと、毎日トーク」

「別に?羨ましいとかは……。無いですよっ?」


語尾が少しだけ上がったので、きっと気にしてるんだと思う。

ちょっと綾ちゃんがからかっただけなのに。その辺の耐性の無さが、なんとなく可愛らしく思えてきたから、イジってやることにした。


「運ちゃん嫉妬?そうか運ちゃんは俺のことが好きなんだな。気持ちはわかるよ。確かに俺はイケメンだし、学校の」

「そうですよ?」

「え?」

「……聖ちゃんさんのこと、私、好きかもしれません」


嘘を言っているようには見えない。可愛いけれど、ちょっぴり幼さの残る表情で、頬を目いっぱい膨らませて、俺を見上げている運ちゃんは……。真剣だ。


……いや、なんですかこの展開。最高なの?

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