第3トイレ わたしがFになる……。
「運ちゃんは俺と同じベッドでも平気?」
「平気なわけないじゃないですか。デリカシーの欠片もないですね。これでも私は、年ごろの女の子なんですよ?」
「でも、自分の年齢は、分からないんだよね?」
「そうですけど……。でも!女の子と一緒にベッドで眠ろうと考えるなんて、ウルトラエッチだと思います!」
「何その造語。良いからその辺座ったら?ずっと立ってると疲れるでしょ?」
「……」
ようやく落ち着いた運ちゃんは、ソファーの上に座った。
ちなみにこの家にベッドはないし、なんなら今運ちゃんが座っているソファーがベッドだったりする。
普段は布団を敷いて寝ているけど、うっかりソファーで寝ちゃうの、あるあるだよね?
「何か飲む?」
「何があるんですか?」
「水道水」
「……いえ。結構です」
「そっかー」
喉は乾いていないみたいなので、俺は自分の分の水道水だけコップに汲むことにする。
あんな髪の色をしておいて、水を好まないのは、意外だった。ノートに記入しておかないとなぁ。
「あの、先ほど聖ちゃんさんは、私がここに住む……。なんてこと、言ってましたけど」
「言ってましたね」
「その、どのくらい信頼できる人なんですかね。あなたは。私、自分が何者で、何をするべきなのかもわからないですけど……。でも、男の子と二人きりで住むなんて、良くないと思います」
「じゃあ、男の子を増やして、三人で住もうか?」
「余計ダメです!全く、女心が一ミリも理解できてないんですね!聖ちゃんさんは!」
プンプン。なんて効果音が似合う運ちゃんは、怒っても可愛かった。
髪の毛が水色じゃなかったら、惚れていたかもしれない。
「大丈夫だって。運ちゃんは可愛いけど、俺は綾ちゃんと結婚してるから、手を出すことなんてないんだよ」
「あ~そうですか~それはあんし……って、えぇ!?」
「あんまり大きい声出さないでくれる?隣に声が響くから」
「す、すいません。でも、えぇ?結婚してるんですか?でもでも、お二人はまだ、結婚が可能な年齢ではないはずで……」
「冗談に決まってるじゃん。でもまぁ、俺が綾ちゃんにそういう気があるってことは、否定できないけどね」
「……そうですか」
「どうしたの?急にシュンとしちゃって。ショックだった?運ちゃん、俺に気があったもんな」
「そんな事実は全く持ってありませんからやめてください本当に」
反応の初々しさとか、少し童顔なところとかを考慮すると、人間でいえば、まだ中学生くらいの年齢だろうか。運ちゃんは。
ナチュラルに敬語を使い始めたところからも、本人が自覚できていない、自分自身のステータスの存在を感じさせる。
「……だとすると、候補が絞られるな」
「え?なんですか?」
「聞こえなかったんだ。ライトノベルの主人公みたいだね」
「それ、そこそこの悪口ですよね。いや、聞こえましたよ?候補が絞られるとかなんとか。意味が分からなかったし、唐突な独り言だったので、訊き返しただけです」
「運ちゃんさ、一つのことに対して、そんなにたくさんの文字を返すの、疲れない?」
「疲れますよ!何回も言ってるじゃないですか!」
「そうやって、すぐに大声を出すことも」
「……わかってますよ」
感情のコントロールが得意じゃなさそうだし、もう少し年齢は下かな……。
……とりあえず、提出用のメモには、十二歳と書いておこう。
なんで休日まで、仕事しないといけないのかなぁ。給料も出ないのに。働き方改革はどこに行っちゃったんでしょうね。
「でさ、運ちゃん。学校行きたい?」
「急ですね。えっと」
「あぁそうか。学校ってわからないよね。記憶喪失だし」
「いえ、それはわかりますね……。なんなら、私から切り出そうかとも思ったので。学校は、行っておかないと、ここに一人でいたところで、どうしようもないですから。できれば二人と同じ学校に通って、同じ時間を過ごした方が良いと思うんです」
「めちゃくちゃ喋るじゃんどうしたの?推理小説で犯人ってバレちゃった人くらい喋ってるよ」
「例えが悪すぎので、撤回してほしいですね……。いや、でも、これって、私っていう存在のヒントになるんじゃないですか?学校に行きたがるって」
「そうだなぁ。運ちゃんのセリフにしては一理ある」
「その一言が余計でしたね」
でも、本当にこれは参考になるかもしれない。
学校に行きたがるということは、いくつかパターンが考えられる。
一つ目は、それが使命として生まれてきた生き物。
悪い例で言うと、誰かを呪うために生み出されたヤツとかは、これにあたる。
でも、運ちゃんの場合、仮にそうだとしても、学校に行くだけで目的達成なんて生き物の存在は考えづらいし、かといって、学校に行った先でミッションがあるとすると、そこにも考えが至るのが普通で、そもそもこのタイプが記憶喪失なんてパターンは知らないんだよなぁ。
だとすると、二つ目のパターン。学校に行くべき人が生み出した、自分の分身。という説も有効そうだ。
でも、そっちも記憶を失っているパターンは聞いたことが無いし……。
結局考えたところで、進展はなさそうだ、
「ごめん運ちゃん。運ちゃんのくれた情報、全然必要ないヤツだった」
「えらい長い時間黙ってるなぁって思ったら、そういうことを考えていたんですね!」
「だから、いちいち大きい声出さないでよ。拡声器の擬人化?」
「せめてマイクにしてくださいよ!」
「え、なにその意味わかんないツッコミ」
「もう疲れたんですよ!!!」
運ちゃんは、髪を振り乱し、息を荒くしながら、プンプンしていた。
せっかくだから、怒るとシワが増えるよ?とか言ってみようかな。いや、やめようか。今日から一緒に住むんだし、できるだけ印象は良い方が、何かと得だろうし。
「そうだ運ちゃん。学校に行きたいなら、今から手続きしてくるよ」
「え、そんな急に、手続きなんてできるものなんですか?」
「できるできる。だって、漫画とかで見たことない?いきなり他校からやってくる新ヒロインみたいなの。転校なんてチョロいチョロい」
「でも、私は転校というよりは、もはや入学に近いんじゃないかと思うんですが。そもそも身分を証明するものを持っていないのに、学校が受け入れてくれるとは思いません」
「トイレから出てきた人が、身分証とか言わないでよ」
「別にいいでしょう!?}
「大丈夫だから。俺に任せて?明日から学校に通えるようにするよ」
「それはとてもありがたいですけど……」
運ちゃんは納得いってないみたいだけど、この子のことを調べる上でも、家でじっとされてるよりは、学校で一緒の時間を過ごした方が、解決も早いと思うんだよな。
と、いうわけで、今から学校に……。
「あの、制服もないですよ?まさか買うんですか?」
「綾ちゃんからもらえばいいでしょ?」
「……あんなにお胸の大きい人の制服なんて着たら、パジャマになっちゃうじゃないですか」
確かに綾ちゃんは、スタイルが良い。高校二年生男子の平均を少しだけ下回る俺と、ほとんど差のない高身長。黒髪美人。必要なスペックを、欲しいままにしている。
「いや、魔法で作ってもらうんだよ?」
「……あっ」
「学習能力は……Fランクっと」
「Fがどのくらいなのかわからないですけど、すぐメモするのはやめてください!」
Fは……。一番低いランクの、一個だけ上です。
ちなみに、その最下位のGランクの例としては、「今触った熱いやかんが熱いことを忘れて、また触ってしまう。これを数回繰り返す」とかがある。
つまり、Gはもう絶望的欠陥の域だから、比較的まともな人の最下位は、Fランクなんだけど。
「じゃあ、学校行ってくるから。ちゃんと大人しくしててね?」
「……ふて寝します」
「ふて寝、Aランク」
「そんな項目まであるんですか!?」
「うそうそ」
「もう!」
いつまでも、プンプンお怒りモードの運ちゃんと喋ってるわけにもいかないので、俺は家を出た。
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