第4トイレ ちょっと独身のコスプレにハマってるだけだから!

綾ちゃんにワープを使ってもらおうとしたけれど、電話してもつながらなかったので、諦めて自転車で学校に行くことに。


放課後というのは、どこまでが放課後何だろうみたいな発想を持ちながら漕ぐ自転車は、そこそこ進む。


だって、授業が終わった後を放課後とすると、そのまま一時間、二時間って放課後が進んでいって、いつかは日付が変わり……。始業前になるわけで。


その始業前と、放課後の境目ってどこなんだろうとか。


「先生は、どう思います?」

「えぇ?」


なんてことを考え続けていたら、いつの間にか学校に着いていたし、その勢いのまま、考えていたことを先生にぶつけてしまった。


この眼鏡をかけたおかっぱ頭の、ジャージを着ている先生は、阿岸島母あぎししまもという珍しい名前で、その名前の理由がこれまたギャグみたいだったはずなんだけど、ごめん先生。もう忘れたわ。


「あのね針岡くん。もう十九時だよ?部活動に熱心なのは構わないけど、さすがにちょ~っと遅すぎるんじゃないかって、先生は思うなぁ」

「違いますよ先生。今日は早めに切り上げたんです。綾ちゃんから梨をもらうために」

「じゃあ、どうしてここにいるの?」

「すっごい普通の質問でびっくりしましたけど、今日初めてまともな人と会話している喜びを噛みしめながら答えさせてもらいます。明日からこの学校に、一人生徒を増やしてほしいって思って、お願いしに来ました」

「えっと。あ~。わかったわ。先生わかった。長い文章を喋って、先生を混乱させるつもりだね?その手には乗らないんだから!」

「先生、可愛いけど、ちゃんと話聞いてもらえます?」

「か、かわわわ!」


わわわ!と言いながら、あわあわしつつ、口元で手をカサカサ動かしている先生は、小動物みたいで本当に可愛い。そんな小動物知らんけど。


「せ、先生が独身だからって、そんな風にイケメンの針岡くんの口説きには屈しないんだから!」

「女騎士みたいなこと言わないでくださいよ。いや先生。俺は何回も言ったよね?綾ちゃんが好きだから、先生とは付き合えませんって」

「うん聞いた何回も聞いた耳が腐って千切れるほど。でも先生は針岡くんのことを好きだなんて一度も言ってないし、そもそも教師と生徒の禁断の恋とかマジさいこ……、ゴホン!と、とにかく、ダメなんです!」


前言撤回。まともな会話なんて、この世界には、ありゃしないんだ。どうあがいても絶望って感じ。

でもいいや。先生を弄るのはこの辺りにして、そろそろ本題に……。


「先生。もっかい言うよ?綾ちゃんの家で美少女が急に生まれたから、明日からこの高校に通わせたい。なんとかして」

「ちょっと待ちなさいそんな話してたぁ?」

「してましたしてました。さ、ほら。校長室に行って、許可もらってきて?あ、もちろんクラスは、俺と綾ちゃんのいる五組ね。わかってると思いますけど」

「針岡くん。先生は変になりそうだよ。こんなことしたくて教師になったわけじゃないの。先生ね?ルーキ○ズとか、ご○せんとか見て、あ~教師っていいなぁ。私もこんな風に、生徒の心に響くようなセリフを届けたい!そう思ってるの!」

「だっさ」

「ぐふぅ!!?」


しまった。俺の言葉の刃が、先生の腸を切り裂き、致命傷を与えてしまったらしい。口から魂が出ているように見える。でも、多分俺じゃなくても同じ反応だったと思うし、こういう話を大勢の前で語って、赤っ恥をかくことを阻止できたわけだから、むしろ褒められていいでしょう。


「先生。死んでるところ悪いけど、さっさと校長室行ってもらえない?時間を無駄にするなって、パチンコに開店前から並んでる、歯が五本くらいしかないおじいちゃんも言ってたからさ」

「ねぇ針岡くんは先生に、『開店前からパチンコ屋さんに並ぶなんて、そっちの方が時間を無駄にしてるよ!そもそもパチンコ自体究極の時間の無駄だし、その無駄にした時間の数分でも歯磨きに使えたら、歯が抜けることもなかったんじゃないの?』なんて、倫理観の欠けた、教師としてあるまじきツッコミをしてほしいの?」

「ご苦労様です。あの、良いから早く行けよくださいませ」

「あのね!うっかりツッコミ忘れてたけど、そんなに簡単に、生徒を増やすなんて、できるわけないでしょ?転校だって入試を受けるんだから。わかる?」

「……もうお祓い、してあげませんよ?」

「行ってくるから待ってて。先生早歩きで行っちゃうから」


宣言通り、先生は華麗な早歩きを見せてくれた。そのためにジャージ着てるのかなってくらいスムーズな移動。


お祓いっていうのは、二十ふむふむ歳でありながら、なかなか彼氏ができない先生のために、綾ちゃんと俺がやってあげてる、男を引き寄せるためのもの。


先生は何でか知らないけど、男性からモテないっていう呪いがかかってて、それをお祓いで少しづつ弱めてるんだけど……。ぶっちゃけ、全然効果ない。

いや、俺のお祓いに、綾ちゃんの魔法を重ねても効かないって、相当強い呪いなんだよね。かわいそうだけど、彼氏は諦めてもらいたいなぁなんて。


でも先生は、眼鏡を外すと美少女で、脱ぐと綾ちゃんよりもでかいっていう、どこの世界のB級エロ漫画のキャラクターだ。みたいな造形してるし、まぁなんとかなると思う。うん。責任は持ちません。


なんて適当なことを考えているうちに、先生が戻ってきた。先生先生言ってると、その名前を忘れてしまいそうだから、ここでもう一度反復しておこう。

阿岸島母さん。独身。二十ピ―歳。

うん。こんな特徴的な名前なのに、たまに忘れそうになる。


「……通ったんだけど」

「でしょ?」

「おかしいよね!なんでこんなに簡単に通るの?この学校本当に大丈夫?」

「生徒の自主性を重んじる素晴らしい高校だと思ってます。入ってよかったです」

「都合のいいことばっかり……。はぁ、なんで先生に彼氏できないのかなぁ」

「今それ関係あります?今日初めてボケとツッコミの関係性が逆転しましたね」

「聞いてよ針岡くん!!!」

「あ」


始まってしまった。

これに捕まると、まるでありじごくにでも捉えられたかのように、身動きが取れないまま吸い込まれてしまう。とても恐ろしい話だ。

……無視して帰ってもいいんだけど、それやると、この人小学生みたいに泣くんだよね。

あんまり先生を泣かせると、綾ちゃんに怒られてしまうから、ここはおとなしく、先生の話を聞くことにしよう。


「こないだね?合コンに参加したの。サーファーの男の人が三人と、私一人」

「それは合コンって言いませんけど。何ですかその歪な人数配分」

「でね?みんな若い男の子だったから、ちょっと胸をみせれば堕とせるカモ!っていう、雑誌で見たテクニックを試そうと思って」

「どんな雑誌読んでんですか本当に」

「……でも、そのおっぱいでサーフィンは無理だわ。って、三人に口を揃えて言われちゃって!!!こんなに理不尽なことある?お母さんから、男の子はおっぱいが好きな生き物って聞いてたのに!」

「早くから娘の取り柄がそこだけだって気が付いてたんですね。さすがお母さん」

「やっぱりそうかなぁ!?先生、魅力無いよね!ね!わかってるの!でも、でも、いつか私みたいな女の子を拾ってくれる、白馬の王子様が現れるって信じてるから!ね!」

「ちょっと呼吸したらどうです?そんなに吐いてたら倒れちゃいますよ」

「全然平気」

「いや、取り柄あるじゃないですか。肺活量」

「そ、そうだね!サーフィンは無理でも、今度はスイミングスクールにでも……」

「一旦水から離れたらどうなんですか?そんなに脱ぎたいんです?」


さすがに疲れたらしくて、先生が水を飲んだ。俺もその隙に、持ってきたオレンジジュースを一口。


「脱ぎたいわけじゃないの。でも、脱げるなら脱いだ方がいいじゃない?」

「内面を変えようとか思わないんですか?付き合うとかならまだしも、結婚は性格が重要ですよ?」

「あのね針岡くん。まず彼氏ができることで、徐々に性格もまともになっていくと思うの。ところで、明日からうちの高校の生徒になる子は、男の子?」

「……え、狙うつもりです?」

「男の子かどうか訊いてるの」

「女です」

「これだけは伝えておいて?三年生の生活指導委員顧問の滝嶋先生は、私が狙ってるから、手を出さないようにって」

「滝嶋先生なら、こないだ他の女性の先生とデートしているところを見ましたけど」

「あ~~~!!!」


急に先生が、頭を押さえ、叫びながら倒れてしまった。


「どうしました?」

「無理!無理すぎるの!あ~やっぱり誰にでも優しいんだぁ滝嶋先生!そうだよね!落とした消しゴム拾ってくれただけで好きになっちゃう私が悪いんだもんね~~~~だ!!へっ!!!」

「その小学生みたいな恋愛の動機やめません?こっちが恥ずかしいんで。大人だったらこう。一緒に食事に行った帰りに、自然と距離が近くなるヤツとかやってくださいよ」

「彼氏できたことない私が、そんな風に人を誘えると本気で思ってアドバイスしてくれてるんだとしたらそれは無駄だよ?」

「肺活量すごいですね本当。今のなんて、一回しか息すいませんでしたもん」

「針岡くんの言う通り、先生の特技はそれかもしれないわ。そうだ!今度繁華街の裏路地の汚い中華料理店で、朗読合コンが行われるらしいの!先生それに参加しようかな!いや参加する!今決めた!この肺活量を活かして、ノンストップで朗読を披露してみせるの!ね?いい案だと思わない?私は思う!じゃあさっそく、その合コンの参加用紙を配ってた、駅裏のでかいビルの四階に行くから、ばいばい針岡くん!」


繁華街の裏路地の汚い中華料理店で行われる合コンとか。参加用紙を配っているのが駅裏のビルの四階だとか、そもそも朗読合コンってなんだよとか。色々なツッコミが思い浮かんだのに、先生はそれを聞く前に、ダッシュで職員室から出て行ってしまった。


あ、そうなんですよ。言い忘れたけど、ここ職員室でして。まぁこの時間だから残ってる人が他にいなくて、こんな大声で会話できてるっていう。まぁいいやそんなことは。許可はもらったし、帰ろう。運ちゃんが待ってる。

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