第13話 瞑想(5)

天戸が閉めきられた八角堂は真の闇であった。

マッチを一本擦って、ロウソクに火を付けた

ぼやぁっとゆらめく炎に照らし出されたその壁には臣人の影がおぼろげに映っていた。

臣人はその八角堂中央に座ると足を組んだ。

両手で印を結びながら、炎をじっと見据えていた。

(この火は一秒として同じような燃え方はしていない。

万物は常に変化する

流転…

輪廻…

輪転…

ひとつとして同じものはないはずや

人も、

状況も、

それによってもたらされる結果も…

変わっていくはずや。

わいも…そしてバーンも……)

臣人は目を閉じて、今年1年の出来事を思い返した。

2人そろって高校の講師になり、勤め始めて9ヶ月が過ぎた。

否が応でも人と関わる職業。

しかも相手はあの時のラティと同じ年頃の生徒。

國充じじいはどうしてこの職をバーンに紹介したのだろうか。

バーンはそれを承諾した。

どうして?

彼にとって、毎日がつらかったに違いない。

毎日あのことに向き合わなくてはならない。

そう推測しても、この就職はそれ以上の変化をバーンにもたらした。

(あいつも…少しずつ変わってきとる)

その変化の一端を担ったのは、三月兎同好会でもあり、劔地や本条院のおかげに違いなかった。

(わいは?

同じように、あの日、あの時を彷徨うとる。

答えは。

わいの出した答えは。

あいつのそばに居続けること。

あいつの防波堤になることや。

せめて、あいつが自分の力で生きていけるようになるまで。

あいつが自分の答えを見つけられるまで。

あいつ自身が自分を許せるようになるまで。

そのためには、

術であいつの『力』に少しでも追いつかなぁあかん。

あいつのバックアップがまっとうにできるくらいに。

あいつの足手まといにならんように。

あの時。

7年前。

バーンはまだ自分の『力』に『目覚め』てはいなかった。

ならば、わいがあの時もう少し『力』があったなら、バーンもラシスも守ることができたのかもしれへん。

な、バーン。

そうは思わへんか?

お前がもうこれ以上、苦しまへんように。

お前がもうこれ以上、悲しまへんように。

それが今のわいに課せられた…命題や。

ただ、闇雲に『力』がほしいんとちゃう。

お前を護れるだけの『力』がほしいんや。

それを手に入れたいがために、どんな無茶な修行もしてきたつもりや。

次はない。

二度目はない。

これで終わりにせなあかん。

『銀の舟』……

今は『混沌の杖』いうたか…が動いとんならなおさらや。

あいつらは相手の一番弱いところを狙うてくる。

7年前はバーン自身の存在そのものに対する疑問に答えたるとかって言って連れだしたはず。)

16才のバーンの姿が脳裏に浮かんだ。

今にも消えてしまいそうな生気のない顔のバーンだった。

そんな彼の横には、にっこり笑ったラティの顔があった。

ひまわりの花のように明るい、夏の太陽のような彼女がいつも彼を包んでいたように見えた。

(あの当時、あいつはボロボロだった。

両親が死に、兄貴も死んで、その上ラティまで死んでしまうんやないかと怖れていた。

ラティを自分から遠ざけようと必死だったんやろうな。

それに乗じてあいつらはバーンに近づいた。

その『心』を利用して。

銀の舟あいつら』は藁にもすがりたがっていたバーンを引き込んだ。

汚いやり口で、バーンを誘い出した。)

ぎりっと唇を噛みしめた。

怒りが込み上げてきた。

あの当時の感情がそのまま剥き出しになった。

(バーンは……。

バーンあいつは知りたがっていた。

一体、自分がどういう存在なのかを。

何のために生まれてきたのかを。

なぜバーンあいつの右眼はああなのかを。

どうして不思議な力を持っているのか…を。

わいは、あいつのそんなところを気にしたことはない。

わいかて普通の人と違う『力』を持って生まれたクチや。

ただあいつとわいの違いは……わいはそういうことを生業とする坊主の家に生まれたこと。

あいつはそうではなかったことだけや。

それがわいにとっては幸せなことやったんだろな。

気を練り、技を磨き、身体を鍛え、『力』を高める。

わいにとっては日常茶飯事。

周りはみんなそういう目で見とる。

寺の跡取りやからと。

ま、一時期それが嫌になっとった時期もあったけどぉ。

それはそれで幸せや。

わかってくれる人がおる。

じじいもおるし、鳳龍もおるし、親父やおふくろだって。

バーンは……。

わいとはまるで逆か。

そんな『力』を持つ者もおらず。

常に人とは違う目で見られとったんやろな。

誰も理解してくれへん。

誰もが理解しようとさえせぇへん。

誰もが忌み嫌い、あいつを避けてく。

…そんな中で生きとったんやろ。

近づくもんが全てが『死』に触れるなんて信じとったら、あいつは独りでいる以外にない。

だから…。

だから、あいつは自分が生きていくことに自信がもてへん。

ラティのこともあるから尚更かもしれんがな。

どうしたらええんや?

何があいつに必要なんや?

バーンが前みとうに生きていけるために必要なことは?

…………。

…答えは、あったはずの答えはもう無い。

探してもきっと探しだせんし、もう手が届かん。

この世界のどこにも存在せぇへん。

この世界のどこにも残ってへん。

ラティ…

あいつにとっての救いは、彼女ラティの存在そのものやった。

バーンあいつのそばにいた彼女を見たのはほんの数回や。

それもケンカ越しやった。

でもな、それでもなバーン。

わいはそんなおまえが今のおまえよりずっと生きとる顔しとったように見えたでぇ。

例えそれがおまえにとってポーズやったとしてもな。

きっと、教団はバーンの弱点ここをついてくる。

あのえげつないヤツらは。

名を変え、端で見てはわからないようにカモフラージュしながら今度こそ、バーンを手中に収めようと必死になってくるやろう。

お互い3度目はないからな。

どんな方法を使ってくる?

バーンを直接狙うか?

それとも、バーンの周囲におるやつを狙って、苦しめるか?

周辺……。

だとすると、劔地や本条院、榊先生も危ないわなぁ。

なんとかせな。

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